・・・またこの革新的気分と、人生的の感激を有しないセンチメンタリズムが詩を綴っていたら詩の精神を有しないばかりでなく、常に、新生活創始に先駆たるべき文化の精神を、誤るものだということを憚らないのであります。 詩の誤解されていることも久しいけれ・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・ しかし、女中に用事一つ言いつけるにも、まずかんにんどっせと謝るように言ってからという登勢の腰の低さには、どんなあらくれも暖簾に腕押しであった。もっとも女中のなかにはそんな登勢の出来をほめながら、内心ひそかになめている者もあった。ところ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・だまって明神様へお詣りしたのは謝るから、入れて頂戴」と声を掛けたが、あけに立つ気配もなかった。「いいわよ」 安子はいきなり戸を蹴ると、その足でお仙の家を訪れた。「どうしたの安ちゃん、こんなに晩く……」「明日田舎へゆくからお別・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・梅子が泣いて見あげた眼の訴うるが如く謝るが如かりしを想起す毎に細川はうっとりと夢見心地になり狂わしきまでに恋しさの情燃えたつのである。恋、惑、そして恥辱、夢にも現にもこの苦悩は彼より離れない。 或時は断然倉蔵に頼んで窃かに文を送り、我情・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・大塚さんが客を謝るというは、めずらしいことだった。 書生が出て行った後、大塚さんはその部屋の内を歩いて、そこに箪笥が置いてあった、ここに屏風が立て廻してあった、と思い浮べた。襖一つ隔てて直ぐその次にある納戸へも行って見た。そこはおせ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・斯くいうのが誤であるならば、誤る自己がなければならない。ないというならば、爾いう自己がなければならない。デカルトはコーギトー・エルゴー・スムといって、自己から出立した。しかし彼はその前に自己の存在まで疑って見た。而して彼はそこに考えるものが・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・既に其分量を誤るときは良薬も却て害を為す可し。左れば父母が其子を養育するに、仮令い教訓の趣意は美なりとするも、女子なるが故にとて特に之を厳にするは、男女同症の患者に対して服薬の分量を加減するに異ならず。女子の方に適宜なれば男子の方は薬量の不・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・直接をもって真の判断を誤るものというべし。かかる弊害は、近日我が邦の政談上においてもおおいに流行するが如し。左にその次第を述べん。 嘉永年中、開国の以来、我が日本はあたかも国を創造せしものなれば、もとより政府をも創造せざるべからず。ゆえ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・かつまた、文脩まれば武備もしたがって起り、仏人、牆に鬩げども外その侮を禦ぎ、一夫も報国の大義を誤るなきは、けだしその大本、脩徳開知独立の文教にあり。今我邦に私塾を立つるも、この趣意を達せんとするなり。その得、五なり。 右所論の得失を概し・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ひっきょう、技芸にても道徳にても、これを教うるに順序を誤り場所を誤るときは、有害無益たるべし。今の小学校は高上なる技芸・道徳を教うる場所に非ざるなり。 小学校の教育は、いつにても廃学のときに、幾分か生徒の身に実の利益をつけて、生涯の宝物・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫