・・・大丈夫、ざあざあ洗って洗いぬいた上、もう私が三杯ばかりお毒見が済んでいますから。ああ、そんなに引かぶって、襟が冷くありませんか、手拭をあげましょう。」「一滴だってこぼすものかね、ああ助かった。――いや、この上欲しければ、今度は自分で歩行・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・その大切な乳をかくす古手拭は、膚に合った綺麗好きで、腰のも一所に、ただ洗いただ洗いするんですから、油旱の炎熱で、銀粉のようににじむ汗に、ちらちらと紗のように靡きました。これなら干ぼしになったら、すぐ羽にかわって欄間を飛ぶだろうと思ったほどで・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
春の山――と、優に大きく、申出でるほどの事ではない。われら式のぶらぶらあるき、彼岸もはやくすぎた、四月上旬の田畝路は、些とのぼせるほど暖い。 修善寺の温泉宿、新井から、――着て出た羽織は脱ぎたいくらい。が脱ぐと、ステッ・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・晩食には湖水でとれた鯉の洗いを馳走してくれ、美人の唇もむろん昼ほどは固くなく、予は愉快な夢を見たあとのような思いで陶然として寝についた。 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・そのたびに自分は、その牛を捕えやりつつ擁護の任を兼ね、土を洗い去られて、石川といった、竪川の河岸を練り歩いて来た。もうこれで終了すると思えば心にも余裕ができる。 道々考えるともなく、自分の今日の奮闘はわれながら意想外であったと思うにつけ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 誰れにでもああだろうと思うと、今さらのようにあの粗い肌が連想され、僕自身の身の毛もよだつと同時に、自分の心がすでに毛深い畜生になっているので、その鋭い鼻がまた別な畜生の尻を嗅いでいたような気がした。 一三 田島・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・魚や、また底深い海の中に棲んでいる、気の荒い、いろいろな獣物などとくらべたら、どれほど人間のほうに、心も姿も似ているかしれない。それだのに、自分たちは、やはり魚や、獣物などといっしょに、冷たい、暗い、気の滅入りそうな海の中に暮らさなければな・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・魚や、また底深い海の中に棲んでいる気の荒い、いろいろな獣物等とくらべたら、どれ程人間の方に心も姿も似ているか知れない。それだのに、自分達は、やはり魚や、獣物等といっしょに、冷たい、暗い、気の滅入りそうな海の中に暮らさなければならないというの・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・そして花の盛りには、教師も生徒も、その木の下にきて、遊び時間には遊びましたが、それもわずか四、五日の間で、風が吹いて、雨が降ると、花は洗い去られたように、こずえから散ってしまい、世はいつか夏になりました。そうなると、もはやこの木の下にきて遊・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・ 二人は、岩間からわき出る清水で口をすすぎ、顔を洗いにまいりますと、顔を合わせました。「やあ、おはよう。いい天気でございますな。」「ほんとうにいい天気です。天気がいいと、気持ちがせいせいします。」 二人は、そこでこんな立ち話・・・ 小川未明 「野ばら」
出典:青空文庫