・・・皮の斑点の大きなのはきめの荒いことを証し、斑点の細かいのはきめの細かいことを証しておる。蜜柑は皮の厚いのに酸味が多くて皮の薄いのに甘味が多い。貯えた蜜柑の皮に光沢があって、皮と肉との間に空虚のあるやつは中の肉の乾びておることが多い。皮がしな・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 私たちはそれを汀まで持って行って洗いそれからそっと新聞紙に包みました。大きなのは三貫目もあったでしょう。掘り取るのが済んであの荒い瀬の処から飛び込んで行くものもありました。けれども私はその溺れることを心配しませんでした。なぜなら生徒よ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・掘り取るのが済んであの荒い瀬の処から飛び込んで行くものもありました。けれども私はその溺れることを心配しませんでした。なぜなら生徒より前に、もう校長が飛び込んでいてごくゆっくり泳いで行くのでしたから。 しばらくたって私たちはみんなでそれを・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・竹藪を切り拓いた畑に、小さい秋茄子を見ながら、婆さんは例によってめの粗い縫物をしていた。沢や婆の丸い背を見つけると、彼女は、「おう、婆やでないかい」と云いながら、眼鏡をはずした。眼鏡は、鼻に当るところに真綿が巻きつけてある。五つ年下・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 今、彼女は流しの洗い桶に熱い湯をあけているだろう。ブラシュで面倒そうにくなくなと皿を洗い、小声で歌をうたいながら、側の台に伏せて行くだろう姿がありあり見える。何処かの戸が開いているのか、或は故意と閉めずにあるのか、実際彼の耳には、時々・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・日露戦争前の何処となく気の荒い時代であったから、犬などを洗ったり何かして手入れするものだなどと思いもしない者の方が大多数をしめて居たのかもしれない。 薄きたない白が、尾を垂れ、歩くにつれて首を揺り乍ら、裏のすきだらけの枸橘の生垣の穴を出・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・刻み目の粗い田舎の顔の上へ、車窓をとび過る若葉照りが初夏らしく映った。〔一九二七年八月〕 宮本百合子 「北へ行く」
・・・右の手は、重い腹をすべって垂れ下っている粗いスカートを掴むように握っている。「医者のもとで」という題のこのスケッチには不思議に心に迫る力がこもっている。名もない、一人の貧しい、身重の女が全身から滲み出しているものは、生活に苦しんでいる人・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・時が経てば帰還後の生活の荒い波で、せっかくあざやかだった記憶が散乱してしまっては残念です。まず手はじめに、シベリヤ生活のなかであなたが経験された「創作コンクール」はどんな風にして行われ、当選作品はどんな風にしてみんなに発表され、よまれ、批評・・・ 宮本百合子 「結論をいそがないで」
・・・ということなのですけれども、先程お話になった新居さんは昔からフェミニストなのです。いろいろ悪い時代にははっきりしたお話が申上げられませんから、ナンセンスのようなことをいっていらっしゃいましたけれども、今日などのお話は新居さんはお気持がよかっ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
出典:青空文庫