・・・ 漂う白雲の間を漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い縞のように泉の畔に差す。 真赤なリボンの幾つかが燃える。 娘の一人が口に銜んでいる丹波酸漿を膨らませて出して、泉の真中に投げた。 凸面をなして、盛り上げたようにな・・・ 森鴎外 「杯」
・・・ * * * 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗のジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉させて、安楽椅子に仰向けに寝たように腰を掛けて・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・「おもちゃの形而上学です。」「人の体も形が形として面白いのではありません。霊の鏡です。形の上に透き徹って見える内の焔が面白いのです。」 久保田が遠慮げにエスキスを見ると、ロダンは云った。「粗いから分かりますまい。」 しばらくして・・・ 森鴎外 「花子」
・・・格別荒い為事をしたことはないと見えて、手足なんぞは荒れていない。しかし十七の娘盛なのに、小間使としても少し受け取りにくい姿である。一言で評すれば、子守あがり位にしか、値踏が出来兼ねるのである。 意外にもロダンの顔には満足の色が見えている・・・ 森鴎外 「花子」
・・・そうして平和な美しさは洗い去られてしまった。 このような体験を持った人々は決して少なくない。スピークやグラント、リヴィングストーン、カメロン、スタンリー、シュワインフルト、ユンケル、デ・ブラッザ、なども同じものを見たのである。が、前世紀・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・洋画のカンバスと、絹あるいは金箔。荒いザラザラした表面と、細かいスベスベした、あるいは滑らかに光沢ある表面。 これらの相違がすでに洋画を写実に向かわしめ、日本画を暗示的な想念描写に赴かしめるのではないのか。 たとえば、日本画において・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・これは本多佐渡守の著と言われながら、早くより疑問視せられているものである。新井白石は本多家から頼まれてその考証を書いているが、結論はどうも言葉を濁しているように思われる。しかしそれがいずれであっても、同一書を媒介として惺窩、蕃山、本多佐渡守・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫