・・・「いやその安価のが私ゃ気に喰わんのだが、先ず御互の議論が通ってあの予算で行くのだから、そう安ぽい直ぐ欄の倒れるような険呑なものは出来上らんと思うがね」と言って気を更え、「其処で寄附金じゃが未だ大な口が二三残ってはいないかね?」「未だ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・貧を衒う。安価なヒロイズムだ。さっさと靴をはいて、僕と一緒に来たまえ。」「靴なんて、ありやしない。売っちゃったんだよ。」立ちつくし、私の顔を見上げて笑っている。 私は、異様な恐怖に襲われた。この目前の少年を、まるっきりの狂人ではない・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・こんな憂鬱と戦い、そうして死んで行くということに成るんだな、と思えばおのが身がいじらしくもあった。青い稲田が一時にぽっと霞んだ。泣いたのだ。彼は狼狽えだした。こんな安価な殉情的な事柄に涕を流したのが少し恥かしかったのだ。 電車から降りる・・・ 太宰治 「葉」
・・・私は高等学校一年の時、既に粋人たらむ事の不可能を痛感し、以後は衣食住に就いては専ら簡便安価なるものをのみ愛し続けて来たつもりなのである。けれども私は、その身長に於いても、また顔に於いても、あるいは鼻に於いても、確実に、人より大きいので、何か・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・行きには人と犬との足跡のついた同じ道を帰りはただ人だけが帰ってくるのである。安価な感傷と評した人もあったがしかしそれがかなりな真実味をもって表現されている。殺す相談をして雪の中に立っている四人の姿がよくできている。 この映画ではそのほか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・少なくも爆弾よりも安価でしかもかえって有効かもしれない。 戦争のないうちはわれわれは文明人であるが戦争が始まると、たちまちにしてわれわれは野蛮人になり、獣になり鳥になり魚になりまた昆虫になるのである。機械文明が発達するほどいっそうそうな・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・少なくも爆弾よりも安価でしかも却って有効かもしれない。 戦争のないうちは吾々は文明人であるが、戦争が始まるとたちまちにして吾々は野蛮人になり、獣になり鳥になり魚になり、また昆虫になるのである。機械文明が発達するほど一層そうなるから妙であ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ただあまりに安価で外聞の悪い意地のきたない原動力ではないかと言われればそのとおりである。しかしこういうものもあってもいいかもしれないというまでなのである。 宗教は往々人を酩酊させ官能と理性を麻痺させる点で酒に似ている。そうして、コーヒー・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・そうして木立ちの代わりに安価な八つ手や丁子のようなものを垣根のすそに植え、それを遠い地平線を限る常緑樹林の代用として冬枯れの荒涼を緩和するほかはなかった。しあわせに近所じゅういったいに樹木が多いので、それが背景になって樹木の緑にはそれほど飢・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・その一つの可能性として考えられるものは、軽便で安価な「知識の即売」である。法医工文理農あらゆる学問の小売部を設けることである。 親類に民事上の訴訟問題でも起りかかった場合に、われわれはある具体的の法律上の知識の概要を得ておきたくなる。そ・・・ 寺田寅彦 「夏」
出典:青空文庫