・・・という事に過ぎないとも言える。同じ見方から、「我々近代人は」というのを「我々性急な者共は」と解した方がその人の言わんとするところの内容を比較的正確にかつ容易に享入れ得る場合が少くない。 人は、自分が従来服従し来ったところのものに対して或・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・多分はここに言える、首を下より押上るようにして吠ゆる時の事ならん。雨の日とあり、岩山の岩の上とあり。学校がえりの子どもが見たりとあるにて、目のあたりお犬の経立ちに逢う心地す。荒涼たる僻村の風情も文字の外にあらわれたり。岩のとげとげしきも見ゆ・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 土間はたちまち春になり、花の蕾の一輪を、朧夜にすかすごとく、お町の唇をビイルで撓めて、飲むほどに、蓮池のむかしを訪う身には本懐とも言えるであろう。根を掘上げたばかりと思う、見事な蓮根が柵の内外、浄土の逆茂木。勿体ないが、五百羅漢の御腕・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科を着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うので・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「こちから明日じゅうに確答すると言った口上に対しまた二日間挨拶を待ってくれということが言えるか。明日じゅうに判らぬことが、二日延べたとて判る道理があんめい。そんな人をばかにしたような言を人様にいえるか、いやとも応とも明日じゅうには確答し・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・言い換えれば、このためにこそ文化機関の必要があると言えるのです。 卑近の例を取って言えば、民衆を教育せんがために、多くの学校は建てられたのである。教育ということが、何よりも第一の目的たることは疑わない。しかるに、教化というものが第二であ・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ たとえ、それがために、現在のごとき、燦然たる機械文明は見られなくとも、また大量的な生産機関に発達しなくとも、そのかわり、相殺し、相陥ることから全く救われていたと言える。しかるに、資本主義的文化によって、人類の富は、平等を欠き、平和は、・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・この意味に於て、世の中は、進歩したと言えぬばかりでなく、精神的方面を閑却するために、文化戦線は低下したと言えるでありましょう。人間は、善美の理想に向って、克己奮闘する時こそ、進歩も向上も見られるけれど、雷同し、隷属化された時は、自分自身の行・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・貯金の宣伝は紙芝居でずいぶんやったし、それに私の経歴が経歴ですから、われながら苦笑するくらいの適任だと言えるわけですが、しかしたった一つ私の悪い癖は、生れつき言葉がぞんざいで、敬語というものが巧く使えない。それはこの話しっぷりでもいくらか判・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 同時にまた、こうも言えるだろう。全国に多くの支店を擁しながら、なおかつ直営店の経営に乗り出すほど、事業は盛大になって来ていた――と。事実、支店の数も何もむやみにつぶしたわけでない証拠に、第一期の募集当時にくらべると、三倍にも増えていた・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫