・・・ただ、私のしたことは、魂の故郷を失った文学に変な意義を見つけて、これこそ当代の文学なりと、同憂の士が集ってわいわい騒ぐことだけはまず避けたのである。 なるほど、私たちの年代の者が、故郷故郷となつかしがるのはいかにも年寄じみて見えるだろう・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・は私の醒めがたい悪夢から這いださしてくださいました――私がここから釈放された時何物か意義ある筆の力をもって私ども罪に泣く同胞のために少しでも捧げたいと思っております――何卒紙背の微意を御了解くださるように念じあげます云々―― 終日床・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・は殆どない、年若い女が時々そんな様子を見せることがある、然しそれは恋に渇しているより生ずる変態たるに過ぎない、幸にしてその恋を得る、その後幾年月かは至極楽しそうだ、真に楽しそうだ、恐らく楽という字の全意義はかかる女子の境遇に於て尽されている・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 富岡先生の何々塾から出て遂に大学まで卒業した者がその頃三名ある、この三人とも梅子嬢は乃公の者と自分で決定ていたらしいことは略世間でも嗅ぎつけていた事実で、これには誰も異議がなく、但し三人の中何人が遂に梅子嬢を連れて東京に帰り得るかと、・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・その川が平らな田と低い林とに連接する処の趣味は、あだかも首府が郊外と連接する処の趣味とともに無限の意義がある。 また東のほうの平面を考えられよ。これはあまりに開けて水田が多くて地平線がすこし低いゆえ、除外せられそうなれどやはり武蔵野に相・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・しかし日蓮宗の教徒ならぬわれわれにとっては、その教理がここで主なる関心ではなく、彼の信念、活動の歴史的意義、その人格と、行状と、人間味との独特のニュアンスとが問題なのである。 日蓮の性格と行動とのあとはわれわれに幾度かツァラツストラを連・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・むしろ、こういう苦難の時代の労働者や農民の生活をかくことにこそ意義があるのではないか。 これも、しかし東京のことが分らない田舎者の感慨だろうか。 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・ これは二重の意義を持っていた。密輸入につきものの暴利をむさぼるだけではなかった。 肉色に透き通るような柔らかい絹の靴下やエナメルを塗った高い女の靴の踵は、ブルジョア時代の客間と、頽廃的なダンスと、寝醒めの悪い悪夢を呼び戻す。花から・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・というと、丹泉は携えて来ていたのであるから、異議なく視せた。唐は手に取って視ると、大きさから、重さから、骨質から、釉色の工合から、全くわが家のものと寸分違わなかった。そこで早速自分の所有のを出して見競べて視ると、兄弟かふたごか、いずれをいず・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・実におもしろい事で、また盛んなことで、有難い事で、意義ある事である。悪口をいえば骨董は死人の手垢の附いた物ということで、余り心持の好いわけの物でもなく、大博物館だって盗賊の手柄くらべを見るようなものだが、そんな阿房げた論をして見たところで、・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫