・・・ 歩いて行きたいと思いながら、歩いて行かないのは意気地なしばかりだ。凍死しても何でも歩いて見ろ。……」 彼は突然口調を変え Brother と僕に声をかけた。「僕はきのう本国の政府へ従軍したいと云う電報を打ったんだよ。」「それで・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・しかしもう意気地のない彼には誰一人好意を示すものはいない。のみならず彼等は口々に川島の言葉を真似しながら、ちりぢりにどこかへ駈け出して行った。「やあい、お母さんって泣いていやがる!」 保吉は次第に遠ざかる彼等の声を憎み憎み、いつかま・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・「私はまた私で、何です、なまじ薄髯の生えた意気地のない兄哥がついているから起って、相応にどうにか遣繰って行かれるだろう、と思うから、食物の足りぬ阿母を、世間でも黙って見ている。いっそ伜がないものと極ったら、たよる処も何にもない。六十を越・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・東京から来て大尽のお邸に、褄を引摺っていたんだから駄目だ、意気地はねえや。」 女房は手拭を掻い取ったが、目ぶちのあたりほんのりと、逆上せた耳にもつれかかる、おくれ毛を撫でながら、「厭な児だよ、また裾を、裾をッて、お引摺りのようで人聞・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・「今の僕なら、どうせ、役場の書記ぐらいで満足しとるのやもの、徴兵の徴の字を見ても、ぞッとする程の意気地なしやけど、あの時のことを思うたら、不思議に勇気が出たもんや。それも大勢のお立て合う熱に浮されたと云うたら云えんこともなかろう。もう、死ん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・「あたい、役者になれば、妹もなりたがるにきまってる。それに、あたいの子――」「え、お前の子供があるんか?」「もとの旦那に出来た娘なの」「いくつ?」「十二」「意気地なしのお前が子までおッつけられたんだろう?」「そう・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「ゆこう、ゆこう、ここで、こうして意気地なく、この冬を送るよりか、翼の力のつづくかぎり、広い、自由な、そして、安全な世界を探しに出かけようじゃないか。」と、ついにみんなの意見が、一致しました。「おじいさん、どうぞ道案内を頼みます。」・・・ 小川未明 「がん」
・・・よりも、沖に碇泊した内国通いの郵船がけたたましい汽笛を鳴らして、淡い煙を残しながらだんだん遠ざかって行くのを見やって、ああ、自分もあの船に乗ったら、明後日あたりはもう故郷の土を踏んでいるのだと思うと、意気地なく涙が零れた。海から吹き揚げる風・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そりゃ男はね、三十が四十でも気の持ちよう一つで、いつまでも若くていられるけど、女は全く意気地がありませんよ。第一、傍がそういつまでも若い気じゃ置かせないからね。だから意気地がないというより、女はつまり男に比べて割が悪いのさね」「いけねえ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・田所さんは仏家の出で、永年育児事業をやっている眉毛の長い人で、冗談を言ってはひょいと舌を出す癖のあるおもしろい人でした。田所さんのお嬢さんは舞をならっているそうです。 新聞にはその日のうちに西と東に別れたように書いていたけれど、秋山さん・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫