・・・てしまおうとする精神こそ不都合ではないか、しかし言っておくが、髪の型は変えることが出来ても、頭の型まで変えられぬぞと言ってやろうと思ったが、ふと鏡にうつった呉服屋の番頭のような自分の頭を見ると、何故か意気地がなくなってしまって、はあさよかと・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ これくらいのこと言われたって泣く奴があるか! 意気地なしめ!」「だって……人のことを……猿面だなんて……二人でばかにするんだもの……」と、彼はすすりあげながら言った。 こう聞いて、私は全身にヒヤリとしたものを感じて、口を緘じた。二・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・りはともかくも小供のためにあの仲のよい姑と嫁がどうして衝突を、と驚かれ候わんかなれど決してご心配には及ばず候、これには奇々妙々の理由あることにて、天保十四年生まれの母上の方が明治十二年生まれの妻よりも育児の上においてむしろ開化主義たり急進党・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・「女に捨てられる男は意気地なしだとの、今では、人の噂も理会りますが、その時の僕は左まで世にすれていなかったのです。ただ夢中です、身も世もあられぬ悲嘆さを堪え忍びながら如何にもして前の通りに為たいと、恥も外聞もかまわず、出来るだけのことを・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・何と意気地なき男よ! 思えば母が大意張で自分の金を奪い、遂に自分を不幸のドン底まで落したのも無理はない。自分達夫婦は最初から母に呑れていたので、母の為ることを怒り、恨み、罵ってはみる者の、自分達の力では母をどうすることも出来ないのであっ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・が、この際夫としてはなるべく妻を共稼ぎさせないようにするのが夫婦愛であり男の意気地である。妻の方では共稼ぎもあえて辞しないという心組みでいてほしいものだ。 私の知ってるある文筆夫人に、女学校へも行かなかった人だが、事情あって娘のとき郷里・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 婦人が育児と家庭以外に、金をとる労働をしなければならないというのは、社会の欠陥であって、むしろやむを得ない悲惨事である。婦人を本当に解放するということは、家庭から職業戦線へ解放することではなくて、職業戦線から解放して家庭へ帰らせること・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 処女は処女としての憧憬と悩みのままに、妻や、母は家庭や、育児の務めや、煩いの中に、職業婦人は生活の分裂と塵労とのうちに、生活を噛みしめ、耐え忍びよりよきを望みつつ、信仰を求めて行くべきである。 信仰を求める誠さえ失わないならば、ど・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・結婚生活の窮乏に堪え得られないなら、共稼ぎして、母性愛と育児とをある程度まで犠牲にしても結婚すべきである。オールドミスの職業婦人は特別な天才や、宗教的、事業的献身の場合のほかは見るも淋しく、惨めである。窮乏せる結婚生活が恋愛の墓場であるにし・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・「このまま帰るのは意気地がないじゃないか。」 武石は反撥した。彼は、ガンガン硝子戸を叩いた。「ガーリヤ、ガーリヤ、今晩は!」 次の部屋から面倒くさそうな男の声がひびいた。「ガーリヤ!」「何だい。」 ウラジオストッ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫