・・・つつましい、引しまった、鋭い精神の上に、徐々日の出のように方向が見え、自分の意企が輝いて来たら、嬉しさではしゃいではいけない。じっと心を守り、余分な精力と注意は一滴も他に浪費しないように、念を入れ心をあつめて、ペンならペン、絵筆なら絵筆を執・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・男と云うものは、奥さんのように口から出任せに物を言ってはいけないのだ。」「まあ。」奥さんは目をみはった。四十代が半分過ぎているのに、まだぱっちりした、可哀らしい目をしている女である。「おこってはいけない。」「おこりなんかしません・・・ 森鴎外 「かのように」
これは小さい子供を持った寡婦がその子供を寐入らせたり、また老いて疲れた親を持った孝行者がその親を寝入らせたりするのにちょうどよい話である。途中でやめずにゆっくり話さなくてはいけない。初めは本当の事のように活溌な調子で話すが・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・帰れたもんやないけれどさ。とうとうやられてのう。心臓や。お前医者めが持たん云いさらしてのう。どうもこうもあったもんやない。このざまやさ。」「どうした?」「酒桶からまくれてお前、ここやられてのう。」安次は胸を押えてみせた。「ふむ、・・・ 横光利一 「南北」
・・・私はもっとしっかりと大地を踏みしめて、あくまで浮かされることを恐れなくてはいけない。生活態度の質実はやがて製作態度をも質実にするだろう。製作態度の質実はやがて表現の簡素と充実とをもたらすだろう。 私は芸術的良心が生活態度の誠実でない人の・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫