・・・思慮分別の意識からそうなるのではなく、自然的な極めて力強い余儀ないような感情に壓せられて勇気の振いおこる余地が無いのである。 宵から降り出した大雨は、夜一夜を降り通した。豪雨だ……そのすさまじき豪雨の音、そうしてあらゆる方面に落ち激つ水・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・夏目さんは大抵一時間の談話中には二回か三回、実に好い上品なユーモアを混える人で、それも全く無意識に迸り出るといったような所があった。 また夏目さんは他人に頼まれたことを好く快諾する人だったと思う。随分いやな頼まれごとでも快く承諾されたの・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・そして無意識に唇を動かして、何か渋いものを味わったように頬をすぼめた。しかしこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して遣るとかいう事は、どうしてもして遣りたくない。女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 人は、年齢により、また、その時代により、生活の意識も、理想も異なるものです。この世の中が、一人の英雄によって左右されると考えられた時代には、誰しも、英雄に対する讃美を惜しまなかったこともあります。また、天才が、時代に超越すると考えられ・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・秀才の寄り集りだという怖れで眼をキョロキョロさせ、競争意識をとがらしていたが、間もなくどいつもこいつも低脳だとわかった。中学校と変らぬどころか、安っぽい感激の売出しだ。高等学校へはいっただけでもう何か偉い人間だと思いこんでいるらしいのがばか・・・ 織田作之助 「雨」
・・・それがだんだん人の秘密を見るという気持が意識されて来た。そうでしょう。すると次は秘密のなかでもベッドシーンの秘密に興味を持ち出した。ところが、見たと思ったそれがどうやらちがうものらしくなって来た。しかしそのときの恍惚状態そのものが、結局すべ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
一 倫理的な問いの先行 何が真であるかいつわりであるかの意識、何が美しいか、醜いかの感覚の鈍感な者があったら誰しも低級な人間と評するだろう。何が善いか、悪いか、正不正の感覚と興味との稀薄なことが人間として低・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・人間は、罪を犯そうとする意志がなくても、知らぬ間に、自分の意識外に於て、罪を犯していることがある。彼は、どこかで以前、そういう経験をしたように思った。どこだったか、一寸思い出せなかった。小学校へ通っている時、先生から、罰を喰った。その時、悪・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・彼らは、明白に意識せるといなとは別として、彼らの恐怖の原因は、別にあると思う。 すなわち、死ということにともなう諸種の事情である。その二、三をあげれば、天寿をまっとうして死ぬのでなく、すなわち、自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾その他・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・が、そんなことを意識してする自分が、とうとう惨めに考えられた。彼はよした。 龍介は賑やかな十字街を横切った。その時前からくる二人をフト見た。それは最近細君を貰った銀行の同僚だった。彼は二人から遠ざかるように少し斜めに歩いた。相手は彼を知・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
出典:青空文庫