・・・橋口五葉氏は表紙其他の模様を意匠してくれた。両君の御蔭に因って文章以外に一種の趣味を添え得たるは余の深く徳とする所である。 自分が今迄「吾輩は猫である」を草しつつあった際、一面識もない人が時々書信又は絵端書抔をわざわざ寄せて意外の褒辞を・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・すべての軒並の商店や建築物は、美術的に変った風情で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代の錆がついて出来てるのだった。それは古雅で奥床しく、町の古い過去の歴史と、住民の長・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・古への礼に男女は席を同くせず、衣裳をも同処に置ず、同じ所にて浴せず、物を受取渡す事も手より手へ直にせず、夜行時は必ず燭をともして行べし、他人はいふに及ばず夫婦兄弟にても別を正くすべしと也。今時の民家は此様の法をしらずして行規を乱にして名を穢・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・是等は都て美術上の意匠に存することなれば、万事質素の教は教として、其質素の中にも、凡そ婦人たる者は身の装を工風するにも、貧富に拘わらず美術の心得大切なりとの一句を加えたきものなり。一 我里の親の方に私し夫の方の親類を次にすべから・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その第一例なる衣裳を汚したる方は、何ほどか母に面倒を掛けあるいは損害を蒙らしむることあれば、憤怒の情に堪えかねて前後の考えもなく覚えず知らず叱り附くることならん。また第二の方は、さまで面倒もなく損害もなき故、何となく子供の痛みを憐れみ、かつ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・夫の米リンスキーが世間唯一意匠ありて存すといわれしも強ちに出放題にもあるまじと思わる。 形とは物なり。物動いて事を生ず。されば事も亦形なり。意物に見われし者、之を物の持前という。物質の和合也。其事に見われしもの之を事の持前というに、事の・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・積極的美とはその意匠の壮大、雄渾、勁健、艶麗、活溌、奇警なるものをいい、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいう。概して言えば東洋の美術文学は消極的美に傾き、西洋の美術文学は積極的美に傾く。もし時代をもって言えば国の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・十二年前、二人の娘とカルタで負けた借金をのこして良人が死んだ後、子供を育て、借金をかえし、現在ではパリで有名な衣裳店を開いている美しい中年の寡婦ジェニファーが、或る貴族の園遊会でコルベット卿にめぐり会い、その偶然が二人を愛へ導いて結婚するこ・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 目の前に、金の事となると眼の色を変えてかかる義母の浅ましい様子を見るにつけ、田舎の、身銭を切っても孫達のためにする母方の祖母や、もう身につける事のない衣裳だの髪飾りなどをお君の着物にかえた母親が一層有難く慕わしかった。 上気して耳・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
オーストリイのウィーン市のはずれに公園のように美しい墓地がある。そこに、ベートーヴェンの墓やモーツァルトの墓があった。偉大な音楽家の生涯にふさわしく、心をこめて意匠された墓が、晩春の花にかこまれてあるのを見た。 ポーラ・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
出典:青空文庫