・・・この要求を致しますのに、わたくしの方で対等以上の利益を有しているとは申されますまい。わたくしも立会人を連れて参りませんから、あなたもお連にならないように希望いたします。ついでながら申しますが、この事件について、前以て問題の男に打明ける必要は・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・残忍という事もどれ程人間というものが残忍であり得るか、残忍の限りを盟した時、眼を掩ってそれ以上の残忍は為し得ないという時そこに本当の人間性はあり得る。 私は如何なる場合にも中途半端の虚偽を憎む。現代の多くの人々はこの中途半端に居る。しか・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・ 独りドストイフスキイの作品ばかりでなく他の有名なる名作は、事件そのことが異常なものがあるのは事実であるけれど、そのソロが深刻な感銘を与えるものでないことはやはり同じであります。たゞ其の中に含まれた真実を他にしては、芸術の力というものは・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・ どんな人間でも年から年中、異常な感激を持すことは、困難な事である。不断の感激を心に持するということは、其の人が特殊な理想主義者でなければならない。人間性の為めの勇敢な戦士であらねばならぬ。現実が極めて安意な無目的の状態に見えるのも、或・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・どうせ不景気な話だから、いっそ景気よく語ってやりましょう、子供のころでおぼえもなし、空想をまじえた創作で語る以上、できるだけおもしろおかしく脚色してやりましょうと、万事「下肥えの代り」に式で喋りました。当人にしかおもしろくないような子供のこ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・神経衰弱の八割までは眼の屈折異常と関係があるという説を成す医者もあるくらいだから――、とこんな風に僕は我田引水し、これも眼の良い杉山平一などとグルになって、他の眼鏡の使用を必要とする友人を掴えて、さも大発見のようにこの説を唱えて、相手をくさ・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・まだ二三日は命が繋がれようというもの、それそれ生理心得草に、水さえあらば食物なくとも人は能く一週間以上活くべしとあった。又餓死をした人の話が出ていたが、その人は水を飲でいたばかりに永く死切れなかったという。 それが如何した? 此上五六日・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「お礼はいゝが、それで別段異状はなかったかね?」「異状? ……」彼にもKの云う意味が一寸わからなかった。「……だと別に何でもないがね、僕はまた何処か異状がありやしなかったかと思ってね。……そんな話を一寸聞いたもんだから」 斯・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・彼もこれ以上Kに追求されては、ほんとうは泣き出すほかないと云ったような顔附になる。彼にはまだ本当に、Kのいうその恐ろしいものの本体というものが解らないのだ。がその本体の前にじり/\引摺り込まれて行く、泥沼に脚を取られたように刻々と陥没しつゝ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫