・・・それにはもちろん異常な努力が必要であるが、そういう努力は苦しい。それをしなくても今日には困らない。そこに案内者のはまりやすい「洞窟」がある。 ニュールンベルグの古城で、そこに収集された昔の物すごい刑具の類を見物した事がある。名高い「鉄の・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・従って顔の小じわの一つ一つ、その筋肉の微細な運動までが異常に郭大される。指先の神経的な微動でもそれが恐ろしくこくめいに強調されて見える。それだから大写しの顔や手は、決して「芝居」をしてはいけないことになっている。それをするといやみで見ていら・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・しかしこの音響伝播の特性を利用することによって発声映画は異常な能力を発揮することができるのである。たとえば探偵が容疑犯罪者と話しているおりから隣室から土人の女の歌が聞こえて来るのに気がついて耳をそばだてる。歌がやんで後にその女が現われるとす・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・「西部戦線異状なし」は、今日の映画としては、別にこれといって頭に残るほどのものもなかったようである。ただあまりわざとらしいような芝居が割合に少なく思われたのは成効かもしれない。河畔の営舎の昼飯後の場面が、どこかのどかでものうげで、そうし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 午過ぎに二階へ上がっていたら、階段の下から下女が大きな声を立てて猫の異状を訴えて来た。おりて来て見ると、三毛は居間の縁の下で、土ぼこりにまみれたねずみ色の団塊を一生懸命でなめころがしていた。それはほとんど生きているとは思われない海鼠の・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・帰っての話によると、地震の時長男が二階に居たら書棚が倒れて出口をふさいだので心配した、それだけで別に異状はなかったそうである、その後は邸前の処に避難していたそうである。 夜警で一緒になった人で地震当時前橋に行っていた人の話によると、一日・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ 檻の前に集まる見物人の中には、この象の精神の異状を聞き知っているものも少なくなかった。「オイオイ、なるほど変な目つきをしてやあがるぜ」などと話し合っているのを聞いた事もあったが、そう言われればなるほど私にも多少そう思われない事もなかっ・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・ 無闇に井戸を掘って熱泉を噴出させたために規則正しい大湯の週期的噴泉に著しい異状を来したというので県庁の命令で附近の新しい噴泉井戸を埋めることになった。自分は官命によってその埋井工事を見学に行ったが、それは実に珍しい見ものであった。二、・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・そうしてこの考えを押し拡げて吾人の身辺を囲繞するあらゆる変化を因果をもって律しようという了見から何かその変化の原因となるものを考えたいので、この原因に力という語を転用するに至ったのであろう。普通に云う力学上の力はすなわちいわゆる機械的の力で・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・桂三郎は実子より以上にも、兄たち夫婦に愛せられていた。兄には多少の不満もあったが、それは親の愛情から出た温かい深い配慮から出たものであった。義姉はというと、彼女は口を極めて桂三郎を賞めていた。で、また彼女の称讃に値いするだけのいい素質を彼が・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫