・・・私は若く美しい異性を前にして、あたかも存在せぬごとく、かすんでいることが多い。もっとも私とても三十三歳のひとり者であるから、若く美しい異性と肩を並べて夜の道を歩くという偶然の機会に、恵まれないわけでもない。しかし、そのような時にも私の口は甘・・・ 織田作之助 「髪」
・・・の向うを張って、昭和二十年の大晦日のやりくり話を書こうと、威勢は良かったが、大晦日の闇市を歩いてその材料の一つや二つ拾って来ようと、まるで債鬼に追われるように原稿の催促にせき立てられた才能乏しい小説家の哀れな闇市見物だった。「西鶴は『詰・・・ 織田作之助 「世相」
・・・自然の草木ほどにも威勢よく延びて行くという子供らの生命力を目の当り見せられても、讃美の念は起らず、苦痛であった。六 第二の破産状態に陥って、一日一日と惨めな空足掻きを続けていた惣治が、どう言って説きつけたものか、叔父から千円・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・幌人車が威勢よく駆けている。店々のともし火が道に映っている。一二丁先の大通りを電車が通る。さて文公はどこへ行く? めし屋の連中も文公がどこへ行くか、もちろん知らないがしかしどこへ行こうと、それは問題でない。なぜなれば居残っている者のうち・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 全体磯吉は無口の男で又た口の利きようも下手だがどうかすると啖火交りで今のように威勢の可い物の言い振をすることもある、お源にはこれが頗る嬉しかったのである。然しお源には連添てから足掛三年にもなるが未だ磯吉は怠惰者だか働人だか判断が着かん・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・何峠から以西、何川辺までの、何町、何村、字何の何という処々の家の、種々の雑談に一つ新しい興味ある問題が加わった。愈々大津の息子はお梅さんを貰いに帰ったのだろう、甘く行けば後の高山の文さんと長谷川の息子が失望するだろう、何に田舎でこそお梅さん・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・だがその姿勢が悩みのために、支えんとしても崩されそうになるところにこそ学窓の恋の美しさがあるのであって、ノートをほうり出して異性の後を追いまわすような学生は、恋の青年として美しくもなく、また恐らく勝利者にもなれないであろう。 しかし私が・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・互いに異性に交際する機会の少ない男女は軽速な恋に陥りやすいから相手を見誤らないように注意せねばならぬ。恐ろしい男子は世間に少なくないからだ。といって身の振り方をつけるためばかりに男子を見、石橋をたたいてみてから初めて恋をするというような態度・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・けれども、ウォルコフは、犬どもの、威勢が、あまりによすぎることから推察して、あとにもっと強力な部隊がやって来ていることを感取した。 村に這入ってきた犬どもは、軍隊というよりは、むしろ、××隊だった。彼等は、扉口に立っている老婆を突き倒し・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・すると秀吉のその時の素ばらしい威勢だったから、宜しゅうござろう、いと易い事だというので、近衛竜山公がその取計いをしようとした。その時にこの植通公が、「いや、いや、五摂家に甲乙はないようなれど、氏の長者はわが家である、近衛殿の御儘にはなるべき・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫