・・・ 二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏の木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅の広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。 さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・その食物は豚肉を主としている、釈迦はこの豚肉の為に予め害したる胃腸を全く救うべからざるものにしたらしい。その為にとうとう八十一歳にしてクシナガラという処に寂滅したのである。仏教徒諸君、釈迦を見ならえ、釈迦の行為を模範とせよ。釈迦の相似形とな・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・境内宏く、古びた大銀杏の下で村童が銀杏をひろって遊んでいる。本堂の廊から三つの堂を眺めた風景、重そうな茅屋根が夕闇にぼやけ、大銀杏の梢にだけ夕日が燃ゆる金色に閃いているのは、なかなか印象的であった。いかにも関東の古寺らしく、大まかに寂び廃れ・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ 二三年後お千代ちゃんに再び会った時、彼女は銀杏がえしに結った芸者であった。―― 稚かった自分に全然解らなかった生活の力が、お千代ちゃんを動かしていたことを理解し、由子は、高燥な夏の真昼の樟の香が鼻にしみるような心持になった。 ・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・同じ窓から銀杏並木のある歩道の一部が見下せた。どういう加減かあっちへ行く人ばかり四五人通ってしまったら、往来がとだえ電車も通らない。不意と紺ぽい背広に中折帽を少しななめにかぶった確りした男の姿が歩道の上に現れたと思うと、そのわきへスーと自動・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・よくかんで一日に二箇ぐらい召上れ。胃腸がよわっていてもリンゴは特別です。それに、もし胃腸がうけつけたら鉄とカルシューム補給のため、バタと鰯、鮭の類、カン油なども是非あがった方がよい。私はいろいろ考えてね。あなたの胃腸のわるい原因がやっぱり胃・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 馬琴は、何も、眇の小銀杏が、いくら自分を滅茶にけなしたからと云って、「鳶が鳴いたからと云って、天日の歩みが止るものではない」事は知って居るのである。よく分って居るのである。 けれども、けなされれば心持の悪いという事実は瞞着するに余・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・船医にしろ、原因は卵焼の中毒であると、明らかに認めながら「けれども、永い航海の疲労と三日来の猛暑が船客達の胃腸を弱らせていたからです」と語っている。 このけれどもという短い言葉はその人たちを気の毒に思っている私たちの心もちに固くふれて来・・・ 宮本百合子 「龍田丸の中毒事件」
・・・葛と銀杏の小鉢が蹴り倒された。勘次は飛び起きた。そして、裏庭を突き切って墓場の方へ馳け出すと、秋三は胸を拡げてその後から追っ馳けた。二 本堂の若者達は二人の姿が見えなくなると、彼らの争いの原因について語合いながらまた乱れた配・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫