・・・ ホモイはもう大丈夫と思ったので、いちもくさんにおとうさんのお家へ走って帰りました。 兎のお母さんは、ちょうど、お家で白い草の束をそろえておりましたが、ホモイを見てびっくりしました。そして、 「おや、どうかしたのかい。たいへん顔・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・とたくさんのふくろうどもが、お月さまのあかりに青じろくはねをひるがえしながら、するするするする出てきて、柏の木の頭の上や手の上、肩やむねにいちめんにとまりました。 立派な金モールをつけたふくろうの大将が、上手に音もたてないで飛んでき・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・それはいちばん声のいい砲艦で、烏の大尉の許嫁でした。「があがあ、遅くなって失敬。今日の演習で疲れないかい。」「かあお、ずいぶんお待ちしたわ。いっこうつかれなくてよ。」「そうか。それは結構だ。しかしおれはこんどしばらくおまえと別れ・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・そしてたったいま夢であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかりまっ黒な南の地平線の上では殊にけむったようになってその右には蠍座の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもいないようでした。 ジョバンニ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 景色が退屈だから、家に坐ってるような心持でいちんち集団農場『集団農場・暁』を読んだ。 一九二八―二九年、ソヴェト生産拡張五ヵ年計画が着手されてから、社会主義社会建設に向って躍進しはじめたのは、直接生産に従事している労働者ばかりでは・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・よりひろやかで、充実した人間性を求めるということのために、権力は自由を奪い、人間檻のなかにうちこんで、時間に関する観念や自分のいる位置についての観念を全く失わさせ、番号でよんで、法律でさばくという状態は、野蛮であり、資本主義の権力の非理性さ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・火気からはなれることないその仕事で、早くから白いちぢみのシャツ一枚に、魚屋のはいていたような白い短い股引をきる職人たちは、鉢巻なんかして右、左、右、左、と「せんべい焼」道具をひっくりかえしてゆくとき、あぐらをかいて坐っている上体をひどくゆす・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・に輝く一つの大きい星とそれをかこんで輝く四つの小さな星の美しさをよろこぶばかりではなく、日本のごたごたした社会情勢のうちに、やがて次第に輝きをましてゆくべき一つの星と四つの小さな星との文学をその正当な位地づけで認めることこそ、文学における政・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ けれども、私が斯う申すと、きっと或人は反駁して、「私はお前の云う通り、女性を高い位地にまで上げて認めようと為る、又認めたいと思う。従って教育も男子と同等にさせてやり度いとも思う。然し考えて見なさい、日本の女性の裡に幾人、大学教育を受け・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・的な教養に育ってきたおびただしい理性は、各人のその屈辱的立場を自分にとって納得させやすくするために、暴力に屈して屈しない知性の高貴性や、内在的自我の評価或はシニシズムにすがって、現実の市民的態度では、いちように「大人気ない抵抗」を放棄した。・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
出典:青空文庫