・・・を貞夫でき候て後われら夫妻がいつとなく祖父様とお呼び申すよう相成り候以来、父上ご自身も急に祖父様らしくなられ候て初孫あやしホクホク喜びたもうを見てはむしろ涙にござ候、しかし涙は不吉不吉、ご覧候えわれら一家のいかばかり楽しく暮らし候かを、父上・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・憂えも怒りも心の戦いもやみて、暴風一過、かれが胸には一片の秋雲凝って動かず。床にありていずこともなく凝視めし眼よりは冷ややかなる涙、両の頬をつたいて落ちぬ。『ああ恋しき治子よ』と叫びて跳ね起きたり。水車場の翁はほぼかれが上を知れるなり。・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・キューリー夫人のように自分の最愛の夫であり、唯一の科学の共働者であるものを突然不慮の災難によって奪い去らるる死別もあれば、ただ貧苦のためだけで一家が離散して生きなければならない生別もある。姉は島原妹は他国 桜花かや散りぢりに・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ でも、彼女の一家の生活を支えるには、あまりに金を持っていなすぎる。もっとよけいに俸給を取っている者が望ましい。 肉に饉えているのは兵卒ばかりではなかった。 松木の八十五倍以上の俸給を取っているえらい人もやはり貪慾に肉を求めてい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・「ムム、それで六兵衛一家の基を成したというが、あるいはマアお話じゃ無いかネ。」「ところが御前で敲き毀すようなものを作ってはなりませぬ、是非とも気の済むようなものを作ってご覧をいただかねばなりませぬ。それが果して成るか成らぬか。そこに・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 記してあるのみならず、平生予に向っても昔し蘇東坡は極力孟子の文を学び、竟に孟子以外に一家を成すに至った。若しお前が私の文を学んで、私の文に似て居る間は私以上に出ることは出来ない。誰でも前人以外に新機軸を出さねばならぬと誨えられた。・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・入浴時間 十五分 規定の時間を守らざるものは入浴の順番取りかえることあるべし 警察の留置場にいたときよく、言問橋の袂に住んでいる「青空一家」や三河島のバタヤが引張られてきた。そんな連中は入ってくると、臭いジト/\したシ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・そこまで腰を据えてかかってごらん、一家を成せるかもしれない。まあ、二三年は旅だと思って出かけて行ってみてはどうだね。」 日ごろ田舎の好きな次郎ででもなかったら、私もこんなことを勧めはしなかった。「できるだけとうさんも、お前を助けるよ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・卒業後は、どこへも勤めず、固く一家を守っている。イプセンを研究している。このごろ人形の家をまた読み返し、重大な発見をして、頗る興奮した。ノラが、あのとき恋をしていた。お医者のランクに恋をしていたのだ。それを発見した。弟妹たちを呼び集めて、そ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・を宣伝するために、一家に風波が立つ。双方互角である場合はまだ幸いである。いずれか一方の勢力がまされば禍である。同じような事は、違った人生観や社会観を持った人々の群れの間に行なわれる。いずれも一つの善い事を宣伝せんために他の善い事の存在を否定・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
出典:青空文庫