・・・どうでも今日は行かんすかの一句と、歌麿が『青楼年中行事』の一画面とを対照するものは、容易にわたくしの解説に左袒するであろう。 わたくしはまた更に為永春水の小説『辰巳園』に、丹次郎が久しく別れていたその情婦仇吉を深川のかくれ家にたずね、旧・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・という一句を残して行きたいから、それを朝日新聞に書いてくれないかと頼まれた。先生はそのほかの事を言うのはいやだというのである。また言う必要がないというのである。同時に広告欄にその文句を出すのも好まないというのである。私はやむをえないから、こ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・その弊所をごく分りやすく一口に御話すれば生きたものを故と四角四面の棺の中へ入れてことさらに融通が利かないようにするからである。もっとも幾何学などで中心から円周に到る距離がことごとく等しいものを円と云うというような定義はあれで差支ない、定義の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ それで我々は一口によく職業と云いますが、私この間も人に話したのですが、日本に今職業が何種類あって、それが昔に比べてどのくらいの数に殖えているかということを知っている人は、おそらく無いだろうと思う。現今の世の中では職業の数は煩雑になって・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・この事件の成行を公けにすると共に、余はこの一句だけを最後に付け加えて置く。――明治四四、四、一五『東京朝日新聞』―― 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・流石は外国人だ、見るのも気持のいいようなスッキリした服を着て、沢山歩いたり、どうしても、どんなに私が自惚れて見ても、勇気を振い起して見ても、寄りつける訳のものじゃない処の日本の娘さんたちの、見事な――一口に云えば、ショウウインドウの内部のよ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・でもないし、また娑婆へ出て考えるほど、もちろん、監獄は「楽に食えていいところ」でもない。一口に言えば、社会という監獄の中の、刑務所という小さい監獄です。 二 私は面接室へ行った。 ブリキ屋の山田君と、嬶と、子供と・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・是等は都て美術上の意匠に存することなれば、万事質素の教は教として、其質素の中にも、凡そ婦人たる者は身の装を工風するにも、貧富に拘わらず美術の心得大切なりとの一句を加えたきものなり。一 我里の親の方に私し夫の方の親類を次にすべから・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・というのは、文学に対する尊敬の念が強かったので、例えばツルゲーネフが其の作をする時の心持は、非常に神聖なものであるから、これを翻訳するにも同様に神聖でなければならぬ、就ては、一字一句と雖、大切にせなければならぬとように信じたのである。 ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・最後の一句は廊下に足音が聞えたから言ったのである。その足音はたしかに硝子戸に近づいて来る。オオビュルナンは覚えず居ずまいを直して、蹙めた顔を元に戻した。ちょうど世話物の三幕目でいざと云う場になる前に、色男の役をする俳優が身繕いをすると云う体・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫