・・・かつて、彼の叔父に、ある芸人があったが、六十七歳にして、若いものと一所に四国に遊んで、負けない気で、鉄枴ヶ峰へ押昇って、煩って、どっと寝た。 聞いてさえ恐れをなすのに――ここも一種の鉄枴ヶ峰である。あまつさえ、目に爽かな、敷波の松、白妙・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・隣村の祭で花火や飾物があるからとの事で、例の向うのお浜や隣のお仙等が大騒ぎして見にゆくというに、内のものらまで民さんも一所に行って見てきたらと云うても、民子は母の病気を言い前にして行かない。僕も余りそんな所へ出るは嫌であったから家に居る。民・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 今一緒に改札口を出た男女の客は、見る間に影の如く闇に消えて終った。軒燈の光り鈍く薄暗い停車場に一人残った予は、暫く茫然たらざるを得なかった。どこから出たかと思う様に、一人の車屋がいつの間にか予の前にきている。「旦那さんどちらで御座・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ あらア荒場の伯父さんだよって、母子が一所にそういって、小牛洗いはそこそこにさすが親身の挨拶は無造作なところに、云われないなつかしさが嬉しい、まア伯父さんこんな形では御挨拶も出来ない、どうぞまア足を洗って下さい、そういうより早く水を汲ん・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・もう一遍君等と一緒に寄宿舎の飯を喰た時代に返りたい」と、友人は寝巻に着かえながらしみじみ語った。下の座敷から年上の子の泣き声が聞えた。つづいて年下の子が泣き出した。細君は急いで下りて行った。「あれやさかい厭になってしまう。親子四人の為め・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・軽焼が疱瘡痲疹の病人向きとして珍重されるので、疱瘡痲疹の呪いとなってる張子の赤い木兎や赤い達磨を一緒に売出した。店頭には四尺ばかりの大きな赤達磨を飾りつけて目標とした。 その頃は医術も衛生思想も幼稚であったから、疱瘡や痲疹は人力の及び難・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・クロムウェルの事業とか、リビングストンの事業はたいへん利益がありますかわりに、またこれには害が一緒に伴うております。また本を書くことも同じようにそのなかに善いこともありまた悪いこともたくさんあります。われわれはそれを完全なる遺物または最大遺・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ こうなると、人間というものは妙に引け身になるもので、いつまでも一所にいると、何だか人に怪まれそうで気が尤める。で、私は見たくもない寺や社や、名ある建物などあちこち見て廻ったが、そのうちに足は疲れる。それに大阪鮨六片でやっと空腹を凌いで・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「深い知合いというでもないが、小児の時学校が一緒とかで、顔は前から知ってるんだって」「そうですか。私ゃまたお上さんがお近しいから、そんな縁引きで今度親方のとこへも来なすったんだと思いまして……いえね、金さんの方じゃ知んなさらねえよう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・まあ家でも持って、ちゃんと一所帯構えねえことにゃ女房の話も真剣事になれねえじゃねえか」「そりゃ、まあね」とお光は意を得たもののように頷いて見せる。「だが、向うは返事を急いででもいるのかい?」「向うはなに、別に急いでもいやしないけ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫