私がまだ六つか七つの時分でした。 或日、近所の天神さまにお祭があるので、私は乳母をせびって、一緒にそこへ連れて行ってもらいました。 天神様の境内は大層な人出でした。飴屋が出ています。つぼ焼屋が出ています。切傷の直ぐ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・そして私の返事を待たず、「御一緒に歩けしません?」 迷惑に思ったが、まさか断るわけにはいかなかった。 並んで歩きだすと、女は、あの男をどう思うかといきなり訊ねた。「どう思うって、べつに……。そんなことは……」 答えようも・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「しかし酒だけは、先も永いことだから、兄さんと一緒に飲んでいるというわけにも行きますまいね。そりゃ兄さんが一人で二階で飲んでる分にはちっともかまいませんが、私もお相伴をして、毎日飲んでるとなっては、帳場の手前にしてもよくありませんからね・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・どうです、今から一緒にそこへ行ってみる気はありませんか」「それはどちらでもいいが、だんだん話が佳境には入って来ましたね」 そして聴き手の青年はまたビールを呼んだ。「いや、佳境には入って来たというのはほんとうなんですよ。僕はだんだ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・と岡本は一所に笑ったが、近藤は岡本の顔に言う可からざる苦痛の色を見て取った。 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「それほどまでに二人が艱難辛苦してやッと結婚して、一緒になったかと思うと間もなく、ポカンと僕を捨てて逃げ出して了ったのです」「まア痛いこと! それで貴下はどうなさいました。」とお正の眼は最早潤んでいる。「女に捨てられる男は意気地・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・それでなくても私が気に喰わんから一所に居たくても為方なしに別居して嫌な下宿屋までしているんだって言いふらしておいでになるんですから」とお政は最早泣き声になっている。「然し実際明日母上が見えたって渡す金が無いじゃアないか」「私が明日の・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・とお富は立て二人は暗い階段を危なそうに下り、お秀も一所に戸外へ出た。月は稍や西に傾いた。夜は森と更けて居る。「そこまで送りましょう。」「宜いのよ、其処へ出ると未だ人通りが沢山あるから」とお富は笑って、「左様なら、源ちゃんお大事に・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・恋愛するときに、この徳への憧れが一緒に燃え上がらないようなことではその女性の素質は低いものであるといわねばならぬ。何故なら恋愛するときほど、女性の心が純であるときはないのだからだ。恋愛にこの性質があるために、青年は女性によって強められ、浄め・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 彼と、一緒に歩哨に立っていて、夕方、不意に、胸から血潮を迸ばしらして、倒れた男もあった。坂本という姓だった。 彼は、その時の情景をいつまでもまざまざと覚えていた。 どこからともなく、誰れかに射撃されたのだ。 二人が立ってい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫