・・・味方は何処へ往ったのでもない。此処に居るに相違ない、敵を逐払って此処を守っているに相違ない。それにしては話声もせず篝の爆る音も聞えぬのは何故であろう? いや、矢張己が弱っているから何も聞えぬので、其実味方は此処に居るに相違ない。「助けて・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・(何処からか、救いのお使者がありそうなものだ。自分は大した贅沢な生活を望んで居るのではない、大した欲望を抱いて居るのではない、月に三十五円もあれば自分等家族五人が饑彼にはよくこんなことが空想されたが、併しこの何ヵ月は、それが何処からも出ては・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・何だか身体の具合が平常と違ってきて熱の出る時間も変り、痰も出ず、その上何処となく息苦しいと言いますから、早速かかりつけの医師を迎えました。その時、医師の言われるには、これは心臓嚢炎といって、心臓の外部の嚢に故障が出来たのですから、一週間も氷・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・そのとき私は『何処』というもののない闇に微かな戦慄を感じた。その闇のなかへ同じような絶望的な順序で消えてゆく私自身を想像し、言い知れぬ恐怖と情熱を覚えたのである。―― その記憶が私の心をかすめたとき、突然私は悟った。雲が湧き立っては消え・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・十一時ごろまでおもしろく話して別れましたが、私は帰路に木村の事を思い出して、なつかしくなってたまりませんでした、どうして彼はいるだろう、どうかして会ってみたいものだ、たれに聞き合わすればあの人の様子や居所がわかるだろうなどいろいろ考えながら・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・何時此処へ来て、何処から現われたのか少も気がつかなかったので、恰も地の底から湧出たかのように思われ、自分は驚いて能く見ると年輩は三十ばかり、面長の鼻の高い男、背はすらりとしたやさがた、衣装といい品といい、一見して別荘に来て居る人か、それとも・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・この人々は大概、いわゆる居所不明、もしくは不定な連中であるから文公の今夜の行く先など気にしないのも無理はない。しかしあの容態では遠からずまいってしまうだろうとは文公の去ったあとでのうわさであった。「かわいそうに。養育院へでもはいればいい・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・が、パルチザンの正体と居所を突きとめることに苦しんでいる司令部員は、密偵の予想通り、この針小棒大な報告を喜んだ。彼等は、パルチザンには、手が三本ついているように、はっきりほかの人間と見分けがつくことを望んでいたのだ。 大隊長は、そのパル・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ですから平に御断りを致します。何処ぞの学校の寄宿舎にでも居ったとか何とかいう経歴がありましたら、下らない談話でも何でも、何か御話し致しましょうけれども。 強て何か話が無いかとお尋ねならば、仕方がありません、わたくしが少時の間――左様です・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・如くに百二十五歳まで生き得べしと期待し、生きたいと希望して居る者すらあるまい、否な百歳・九十歳・八十歳の寿命すらも、先ずは六かしいと諦らめてるのが多かろうと思う、果して然らば彼等は単純に死を恐怖して、何処までも之を避けんと悶える者ではない。・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫