・・・ * メリヤス工場では又々首切りがあるらしかった。何処を見ても、仕事がなくて、食えない人がウヨウヨしていた。お君はストライキの準備を進めながら、暇を見ては仕事を探して歩いた。この頃では赤ん坊の腹が不気味にふくれて、手・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・内儀「そんな事を云っていらしっては困ります、何処へでも忠実にお歩きあそばせば、御贔屓のお方もいかいこと有りまして来い/\と仰しゃるのにお出でにもならず、実に困ります、殊に日外中度々お手紙をよこして下すった番町の石川様にもお気の毒様で、食・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ こう言い乍ら、自分は十銭銀貨一つ取出して、それを男の前に置いて、「僕の家ばかりじゃない、何処の家へ行っても左様だろうと思うんだ。ただ呉れろと言われて快く出すものは無い。是から君が東京迄も行こうというのに、そんな方法で旅が出来るもの・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・自分に問をかけても見ました、が、合点の行く答えは、何処からも来ません。 或る満月の晩おそく、彼女は静かに部屋の戸を開けて、こわごわ戸外を覗いて見ました。淋しいスバーと同じように、彼女自身満月の自然は、凝っと眠った地上を見下しています。ス・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・やあ、やあ、めかして何処へ行くのだと、既に酔っぱらっている友人達は、私をからかいました。私は気弱く狼狽して、いや何処ということもないんだけど、君たちも、行かないかね、と心にも無い勧誘がふいと口から辷り出て、それからは騎虎の勢で、僕にね、五十・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・その頼信紙は引き裂いて、もう一枚、頼信紙をもらい受けて、こんどは少し考えて、まず私の居所姓名をはっきり告げて、それからダイサンショウミツケタとだけ記して発信する事にした。スグコイと言わなくても、先生は足を宙にして飛んでくる筈だと考えた。果し・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月おそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・小生ただいま居所不定、だから御通信はすべて社宛に下さる様。住所がきまったなら、お報せする。要用のみで失敬。武蔵野新聞社学芸部、長沢伝六。」 月日。「太宰さん。とうとう正義温情の徒にみごと一ぱい食わせられましたね。はじめから御注意・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・苦心して、あなたの居所さがし廻って、私は、いま十年ぶりで、やっと、あなたと逢うことができたのだ。と言っているうちに、やはり胸が一ぱいになって来て、私は泣きたくなって来た。「あなたは、それじゃ、」温泉芸者は、更に興を覚えぬ様子で、「Tさん・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・そのうちに、三木朝太郎は、山の宿から引きあげて来て、どこで聞きこんだものか、さちよの居所を捜し当て、にやにやしながら、どうだい、女優になってみないか、などと言うのだが、さちよは、おやおや、たいへんねえ、と笑って相手にしなかった。三木は、それ・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫