・・・ すると俄に頭の上で、「いやいや、それはならん。」というはっきりした厳かな声がしました。 見るとそれは、銀の冠をかぶった岩手山でした。盗森の黒い男は、頭をかかえて地に倒れました。 岩手山はしずかに云いました。「ぬすとはた・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・爾薩待「いや、それはね、今も言ってたんだが、噴霧器を使わずに、この日中やったのがいけなかったのだ。」農民三「はぁでな、お前さま、おれさ叮ねいに柄杓でかげろて言っただなぃすか。」爾薩待「いやいや、それはね、……」農民二「なあに・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・「へいへい。私は六平と申します」「六平とな。そちは金貸しを業と致しおるな」「へいへい。御意の通りでございます。手元の金子は、すべて、只今ご用立致しております」「いやいや、拙者が借りようと申すのではない。どうじゃ。金貸しは面白・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・杉浦啓一は力づよい、飾りない言葉で第四年目の三・一五を記念し、ブルジョア・地主のひどい政府が、どんなに党員たちを苦しめるか、死ねがしに扱うか、いやいや現に党員の誰とかを警察のコンクリートの床になげつけて殺した事実をあげて、政治犯人即時釈放を・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・ 雪のあくる日 三月十三日頃 雪ぶつけ 朗らかな大騒動女 私着物かりてかえるわ男 そのまんまおかえりなさいよ若い女 いやァいやいや 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 現代数万の女性は、いやいや母になり、万已を得ず生れた子を育て、傍ら、自己発揚の機会を奪われている不平を述ております。 これは、どちらに対しても――自己と云う箇人に対しても、子供に対しても、無良心極る冒涜です。 ロザリーは、職業・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・そうして見ると、倅の謂う、信仰がなくて、宗教の必要だけを認めると云う人の部類に、自分は這入っているものと見える。いやいや。そうではない。倅の謂うのは、神学でも覗いて見て、これだけの教義は、信仰しないまでも、必要を認めなくてはならぬと、理性で・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ひょっと気でも狂っているのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つつじつまの合わぬことばや挙動がない。この男はどうしたのだろう。庄兵衛がためには喜助の態度が考えれば考えるほどわからなくなるのである。 ―――――――――・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・ 僕が主人夫婦、いや、夫婦にはまだなっていなかった、いやいや、やはり夫婦と云いたい、主人夫婦から目を離していたのは、座敷に背を向けて、暮れて行く庭の方を見ながら、物を考えていた間だけであった。座敷を見ている間は、僕はどうしても二人から目・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・もちろん漱石は客を好む性であって、いやいやそうしていたのではないであろうが、しかしそれは客との応対によって精力を使い減らすということを防ぎ得るものではない。客が十人も来れば台所の方では相当に手がかかる。しかし客と応対する主人の精神的な働きも・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫