・・・ その御嬢さんはどこにいらっしゃる」 遠藤はこう言いながら、上衣の隠しに手を入れると、一挺のピストルを引き出しました。「この近所にいらっしゃりはしないか? 香港の警察署の調べた所じゃ、御嬢さんを攫ったのは、印度人らしいということだっ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・腰へも毛皮を巻いていらっしゃるの?』と言った。ことによると俺の馬の脚も露見する時が来たのかも知れない。……」 半三郎はこのほかにも幾多の危険に遭遇した。それを一々枚挙するのはとうていわたしの堪えるところではない。が、半三郎の日記の中でも・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・実際あなたが東京を発つ前からこの事ばかり思いつめていらっしゃるのを見ていると、失礼ながらお気の毒にさえ感じたほどでした。……私は全くそうした理想屋です。夢ばかり見ているような人間です。……けれども私の気持ちもどうか考えてください。私はこれま・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ おとうさんもおかあさんも僕がついそばにいるのに少しも気がつかないらしく、おかあさんは僕の名を呼びつづけながら、箪笥の引出しを一生懸命に尋ねていらっしゃるし、おとうさんは涙で曇る眼鏡を拭きながら、本棚の本を片端から取り出して見ていらっし・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・「ほんとに性急でいらっしゃるよ。誰も帰ったとも何とも申上げはしませんのに。いいえ、そうじゃないんですよ。お気の毒様だと申しましたのは、あなたはきっと美しい※さんの姿は、私の、謙造の胸にある!」 とじっと見詰めると、恍惚した雪のような・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・「ではその元気で、上のおさらいへいらっしゃるか。そこまで、おともをしてもよござんす。」「で、演っていますかね。三味線の音でも聞こえますか。」「いいえ。」「途中で、連中らしいのでも見ませんか。」「人ッこ一人、……大びけ過ぎ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 都会で、はなやかな生活を送っていらっしゃるお嬢さまは、高い窓からかなたの空をながめて、遠い、知らぬ海の向こうの国々のことなどを、さまざまに想像して、悲しんだり、あこがれたりしていられたのですが、いま、おかよの話をきくと、このところへは・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・こんなとき、もしお姉さんが見ていらっしゃると、すぐに立ってきて、きれいにかみ直してくださいました。 ある日のこと、正ちゃんは、大将となって、近所の小さなヨシ子さんや、三郎さんたちといっしょに原っぱへじゅず玉を取りにゆきました。そして、た・・・ 小川未明 「左ぎっちょの正ちゃん」
・・・ みなさんは、日本を敗戦国にしたのは、軍閥と官僚だとお思いになっていらっしゃるかも知れませんが、実は猫と杓子が日本をこんなことにしてしまったのです。猫と杓子が寄ってたかって、戦争だ、玉砕だ、そうだそうだ、賛成だ賛成だ、非国民だなどと、わ・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・父様はね、そんな風でね、私なんぞのこともね、蔭ではどんなに悪く言っていらっしゃるか知れはしないわ。これからは私アもう、父様のおっしゃったことを真実にしないからようござんす。一体父様は私をそんなに可愛がって下さらないわ。それだからこの間家にい・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫