・・・ 何ゆえにこのような区域に、特に降水が多いかという理由について、筒井氏の説を引用すると、冬季日本海沿岸に多量の降雨をもたらす北の季節風が、若狭近江の間の比較的低い山を越えて、そして広い琵琶湖上から伊勢湾のほうへ抜けようとする途中で雪を降・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・その珍しい自叙伝中から二、三小節を引用してあるのを見ると、例えば雪の降る光景などがあたかも見るように空間的に描かれている。あるいは秋の自然界の美しい色彩が盲人が書いたとは思われないように実感的に述べてある。しかし著者はこのような光景は固より・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・一体科学者が自己の研究を発表するに当って、その当面の問題に聯関した先人の研究を引用し批評するのは当然の務めである事は申すまでもない。しかしこれが往々にして骨董的傾向を帯びる事がある。すなわち当面の問題に多少の関係さえあれば、これが如何に目下・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・芭蕉の俳諧がわからなくても芭蕉の句のどの句がいい句であるという事を知り、またそれを引用し、また礼賛することもできるのと同様である。これと反対にまた世俗に有名ないわゆる大家がたまたま気まぐれに書き散らした途方もない寝言のようなものが、存外有名・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・『説文』に曰く電は陰陽の激曜するなりとはちと曖昧であるが、要するに陰陽の空中電気が相合する時に発する光である。遠方の雷に伴う電光が空に映るのだが、雷鳴の音は距離が遠いのと空気の温度分布の工合で聞えぬのである。稲妻のぴかりとする時間は一秒の百・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・万一にも大都市の水道貯水池の堤防でも決壊すれば市民がたちまち日々の飲用水に困るばかりでなく、氾濫する大量の流水の勢力は少なくも数村を微塵になぎ倒し、多数の犠牲者を出すであろう。水電の堰堤が破れても同様な犠牲を生じるばかりか、都市は暗やみにな・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・わたくしは此のたびの草稿に於ては、明治年間の東京を説くに際して、寡聞の及ぶかぎり成るべく当時の人の文を引用し、之に因って其時代の世相を窺知らしめん事を欲しているのである。 松子雁の饒歌余譚に曰く「根津ノ新花街ハ方今第四区六小区中ノ地ニ属・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 江戸時代隅田堤看花の盛況を述るものは、大抵寺門静軒が『江戸繁昌記』を引用してこれが例証となしている。風俗画報社の『新撰東京名所図会』もまた『江戸繁昌記』を引きこれを補うに加藤善庵が『墨水観花記』を以てしている。わたくしは塩谷宕陰の文集・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・そうして一度日本を離れればもう帰らないと云われた時、先生の引用した“no more, never more.”というポーの句を思い出した。 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・手紙の文句まで引用されると是非共信じなければならぬようになる。何となく物騒な気合である。この時津田君がもしワッとでも叫んだら余はきっと飛び上ったに相違ない。「それで時間を調べて見ると細君が息を引き取ったのと夫が鏡を眺めたのが同日同刻にな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫