・・・の字のお上の話によれば、元来この町の達磨茶屋の女は年々夷講の晩になると、客をとらずに内輪ばかりで三味線を弾いたり踊ったりする、その割り前の算段さえ一時はお松には苦しかったそうです。しかし半之丞もお松にはよほど夢中になっていたのでしょう。何し・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・もしそれでも得られるとすれば、炎天に炭火を擁したり、大寒に団扇を揮ったりする痩せ我慢の幸福ばかりである。 小児 軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振を喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云う必要はない。機・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・――新蔵はこう委細を話し終ると、思い出したように団扇を使いながら、心配そうに泰さんの顔を窺いました。が、泰さんは存外驚かずに、しばらくはただ軒先の釣荵が風にまわるのを見ていましたが、ようやく新蔵の方へ眼を移すと、それでもちょいと眉をひそめて・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・童部たちもその大団扇を忘れずに後からかついで参れ。「やあ、皆のもの、予が隆国じゃ。大肌ぬぎの無礼は赦してくれい。「さて今日はその方どもにちと頼みたい事があって、わざと、この宇治の亭へ足を止めて貰うたのじゃ。と申すはこの頃ふとここへ参・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 瓜畑を見透しの縁――そこが座敷――に足を投出して、腹這いになった男が一人、黄色な団扇で、耳も頭もかくしながら、土地の赤新聞というのを、鼻の下に敷いていたのが、と見る間に、二ツ三ツ団扇ばかり動いたと思えば、くるりと仰向けになった胸が、臍・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ トその壁の上を窓から覗いて、風にも雨にも、ばさばさと髪を揺って、団扇の骨ばかりな顔を出す……隣の空地の棕櫚の樹が、その夜は妙に寂として気勢も聞えぬ。 鼠も寂莫と音を潜めた。…… 八 台所と、この上框とを・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・この、しょびたれた参詣人が、びしょびしょと賽銭箱の前へ立った時は、ばたり、ばたりと、団扇にしては物寂しい、大な蛾の音を立てて、沖の暗夜の不知火が、ひらひらと縦に燃える残んの灯を、広い掌で煽ぎ煽ぎ、二三挺順に消していたのである。「ええ、」・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・素足に染まって、その紅いのが映りそうなのに、藤色の緒の重い厚ぼったい駒下駄、泥まみれなのを、弱々と内輪に揃えて、股を一つ捩った姿で、降しきる雨の待合所の片隅に、腰を掛けていたのである。 日永の頃ゆえ、まだ暮かかるまでもないが、やがて五時・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・…… ところが若夫人、嫁御というのが、福島の商家の娘さんで学校をでた方だが、当世に似合わないおとなしい優しい、ちと内輪すぎますぐらい。もっともこれでなくっては代官婆と二人住居はできません。……大蒜ばなれのした方で、鋤にも、鍬にも、連尺に・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 久しぶりでおとよも曇りのない笑いを見せながら、なお何となし控え目に内輪なるは、いささか気が咎むるゆえであろう。 籠を出た鳥の二人は道々何を見ても面白そうだ。道ばたの家に天竺牡丹がある、立ち留って見る。霧島が咲いてる、立ち留って見る・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
出典:青空文庫