・・・一人のひとの性質というものも生活環境の複雑な関係によって作用されているものであるのだから、久美子さんがそういう内輪な気質であるとしても、その気質にしたがって、別に目下生活問題として職業につかねば食うに困るということはない本間家の生活状態が反・・・ 宮本百合子 「短い感想」
・・・が終生頭についていた人であるから、金を蓄える方面は一向に駄目で、島根へ、役人として袴着一人をつれて行っていた暮しの間でも、米沢の家の近所のものには太政官札を行李につめて送ってよこすそうだと噂されつつ、内輪は大困窮。その頃の旧藩士と新政府とに・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・婆あさんは例のまま事の真似をして、その隙には爺いさんの傍に来て団扇であおぐ。もう時候がそろそろ暑くなる頃だからである。婆あさんが暫くあおぐうちに、爺いさんは読みさした本を置いて話をし出す。二人はさも楽しそうに話すのである。 どうかすると・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・では小さい面が光のぐあいで大きく映ったのかしらと床柱の側まで行って見ると、そこに掛かっているのはただ羽団扇と円い団扇だけであった。しかし影は格好から、釣合から、どうしてもほんとうの面としか見えなかった。あまりうまくできているのでその面が奇妙・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫