・・・ 汲み取った下肥えの代りに……とは、うっかり口がすべった洒落みたいなものですが、ここらが親譲りというのでしょう。父は疑っていたかもしれぬが、私はやはり落語家の父の子だった。自慢にはならぬが、話が上手で、というよりお喋りで、自分でもいや気・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・僕も職掌柄いろ/\な実例も見て来てるがね、君もうっかりしとると、そんなことでは君、生存が出来なくなるぜ!」 警部の鈍栗眼が、喰入るように彼の額に正面に向けられた。彼はたじろいだ。「……いや君、併し、僕だって君、それほどの大変なことに・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・私は笹川の得意さを想うと同時に、そしてまた昨日からの彼に対する憤懣の情を和らげることはできないながらに、どうかしてH先生のような立派な方に、彼の例の作家風々主義なぞという気持から、うっかりして失礼な生意気を見せてくれなければいいがと、祈らず・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・そして吉田はうっかりカッとなってしまって、「もうそれ以上は言わん」 と屹と相手を睨んだのだった。女は急にあっけにとられた顔をしていたが、吉田が慌ててまた色を収めるのを見ると、それではぜひ近々教会へ来てくれと言って、さっき吉田がやって・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・あの話がすんだら、近づいて訊ねよう、とおきのは心で考えた。うっかりして乗り越すようなあれじゃないが、……彼女は一方でこんなことも思った。 若旦那の方に向いて、しきりに話している坊っちゃんの顔に、彼女は注意を怠らなかった。そして、話が一寸・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・「うっかり途中でやめさしたら、どっちつかずの生れ半着で、これまで折角銭を入れたんが何んにもなるまい。」「そんじゃ、お前一人で働いてやんなされ! うらあもう五十すぎにもなって、夜も昼も働くんはご免じゃ。」「お、うら独りで夜なべする・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・しかしたちまちにして一ト歩は一ト歩より遅くなって、やがて立止まったかと見えるばかりに緩く緩くなったあげく、うっかりとして脱石に爪端を踏掛けたので、ずるりと滑る、よろよろッと踉蹌る、ハッと思う間も無くクルリと転ってバタリと倒れたが、すぐには起・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・「ヤ、こりゃあ詰らないことをうっかり饒舌った。ハハハハハ。」と紛らしかけたが、ふと目を挙げて妻の方を見れば妻は無言で我が面をじっと護っていた。主人もそれを見て無言になってしばしは何か考えたが、やがて快活な調子になって、「ハハハハ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・もう一度うっかりぶちでもしたら、女はもうそれきり水の中へかえってしまうのです。三人の子どもたちにとってもだいじなお母さまなのですから、いかれてしまうと、それこそたいへんでした。 ギンはそれからは毎日気をつけて、そんなことにならないように・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ この子どもの左足はたいへん弱くって、うっかりすると曲がってしまいそうだから、ひどく使わぬようにしなければならぬと、お医者の言った事があるのでした。 わかいおかあさんはこの大事な重荷のために息を切って、森の中は暑いものだから、汗の玉・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫