・・・ときかれて、ヴォルテールの言葉を写す方を選んだエピソードも生れた。彼等が幾百ぺんかかきうつしたヴォルテールの言葉というのは次の文句であった。「わたしは君の意見に全く反対である。けれども君がそれを話すという権利は飽くまでも守るであろう。」・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・の人物を写す立派な筆、情のこまやかな、江戸前の歌舞伎若衆の美くしかった頃の作者に見る様なこまかい技巧をもって、もう少し考えさせる材料に手をつけられたらばと思う。 私は必して、紅葉山人や一葉女史が、取るに足らない作家だったとか何とかけなす・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・見出そうとするように此心を、さながらに写す 言葉か、ものかを見出そうとするように。 *それは、あの人の詩はよい。優雅だ。 実に驚くべき言葉のケンラン。けれども。――そうです。あの方のも、素敵で・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・この鏡と手鏡だけが、私の朝夕の顔、泣いた顔、うれしそうにしている時の顔を映すものなのだが、考えてみれば姿見だの鏡台だのというものがその部屋に目立たない女の暮しの数も、この頃は見えないところで随分殖えて来ているのではないかしら。見えないところ・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・ このように文化が戦争の宣伝具とされた時期、いわゆる純文学はどういう過程を経たかと云えば、周知のとおり、人間本来のこころを映す文学は抹殺され、条理の立った批判は封ぜられ、遂に文化という人間だけがもっている精神活動の成果をあらわす高貴な字・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・代的に錯綜した一社会現象として現れている事変の局部に傍観的な記録者として近づいたとしても、その全局面を歴史の上に把握出来ないのはもとより、感情としても決してそこに生き戦い死しつつある人間の感想、情緒を映すことは不可能であった。そのような客観・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・モナ・リザは、自分の眼をそこからひきはなすことの出来ない快い情感をああやって見つめ、見つめて、我知らず語りつくせない心のかげを映す微笑を浮べてはいるが、ルネッサンス時代の彼女は、そのあこがれに向って行動しなかった。凝視し、ほほ笑み、そのはげ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・原っぱをめぐって、僅かの家並があり、その後はすぐ武蔵野の榛の木が影を映す細い川になっていた。その川をわたる本郷台までの間が一面の田圃と畑で、春にはそこに若草も生え、れんげ草も咲いた。漱石の三四郎が、きょうの読者の感覚でみればかなり気障でたま・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・小説が、真実に人民的な歴史を映すテーマで書けなかったように、評論も客観的なよいところを抹殺されて、文芸評論でさえ、文学史を逆行した鑑賞批評しか存在を許されなかった。その時代に一つの現象として随筆の流行が見られた。いろいろ個性的な色彩をもった・・・ 宮本百合子 「はしがき(『女靴の跡』)」
・・・変る世相そのものをただ追っかけて、漁って、ちょっと珍しい局面を描き出したとして、それはたしかにそういうこともあり、そうでもあるかもしれないけれど、往来に向ってとりつけられたショーウィンドが、何でもただ映すのとどれほどのちがいがあろう。文学と・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫