・・・客観的な戦争は、探照燈の行った部分だけ青く着色されて映るが、探照燈はすべてを一時に照らすことは出来ない。だから、闇の見えない部分が常に多く残されている。そして若し、別の探照燈で映すならば、現実は、全然ちがった姿に反映するかもしれないのだ。芥・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・時刻が相応に移る。いかに物好な殿にせよ長くご覧になっておらるる間には退屈する。そこで鱗なら鱗、毛なら毛を彫って、同じような刀法を繰返す頃になって、殿にご休息をなさるよう申す。殿は一度お入りになってお茶など召させらるる。準備が尊いのはここで。・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・或場処は路が対岸に移るようになっているために、危い略※に片手をかけて今や舟を出そうとしていながら、片手を挙げて、乗らないか乗らないかといって人を呼んでいる。その顔がハッキリ分らないから、大噐氏は燈火を段と近づけた。遠いところから段と歩み近づ・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・なんていう蛮カラ的の事は要せぬようになりまして、男子でも鏡、コスメチック、頭髪ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもっ・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・彼女が心ひそかに映ることを恐れたような父親の面影のかわりに、信じ難いほど変り果てた彼女自身がその鏡の中に居た。「えらい年寄になったものだぞ」 とおげんは自分ながら感心したように言って、若かった日に鏡に向ったと同じ手付で自分の眉のあた・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 長く東京で年月を送って来た高瀬には、塾の周囲だけでも眼に映るものが多かった。庭にある桜の花は開いて見ると八重で、花束のように密集ったやつが教室の窓に近く咲き乱れた。濃い花の影は休みの時間に散歩する教師等の顔にも映り、建物の白い壁に・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「兄さんは炬燵へ当ってる方がうまく写るよ」「だって姉さんが邪魔をしてるんだもの」と風呂敷の中へ頭を入れる。「姉さんぐずぐずしてると背中が写ってしまいますよ」「はいはい」と、藤さんは笑いながら自分の隣へ移る。「兄さん、もっ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・と、藤さんは笑いながら自分の隣へ移る。「兄さん、もっと真っ直ぐ」「私の顔が見えるの?」「見えるとも、そら笑ってらあ。やあい」 がたがたと箱を揺ぶる。やがてもったいらしく身構えをして、「はい、写しますよ」とこちらを見詰める・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・十九世紀に移るあたりに、矢張りかかる階段があります。すなわち、この時も急激に変った時代です。一人の代表者を選ぶならば、例えば Gauss. g、a、u、ssです。急激に、どんどん変化している時代を過渡期というならば、現代などは、まさに大過渡・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・青い湖のような目、青い草原に寝て大空を見ているような目、ときどき雲が流れて写る。鳥の影まで、はっきり写る。美しい目のひととたくさん逢ってみたい。 けさから五月、そう思うと、なんだか少し浮き浮きして来た。やっぱり嬉しい。もう夏も近いと思う・・・ 太宰治 「女生徒」
出典:青空文庫