・・・むかいに来た親は、善知鳥、うとうと、なきながら子をくわえて皈って行く。片翼になって大道に倒れた裸の浜猫を、ぼての魚屋が拾ってくれ、いまは三河島辺で、そのばさら屋の阿媽だ、と煮こごりの、とけ出したような、みじめな身の上話を茶の伽にしながら――・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・安方町に善知鳥のむかしを忍び、外の浜に南兵衛のおもかげを思う。浅虫というところまで村々皆磯辺にて、松風の音、岸波の響のみなり。海の中に「ついたて」めきたる巌あり、その外しるすべきことなし。小湊にてやどりぬ。このあたりあさのとりいれにて、いそ・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・おれは右党の席を一しょう懸命注意して見た。 そしてこう決心した。「どうもこいつの方が信用が置けそうだ。この卓や腰掛が似ているように、ここに来て据わる先生達が似ているなら、おれは襟に再会することは断じて無かろう。」 こう思って、あたり・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫