・・・オルガンティノは呻き呻き、そろそろ祭壇の後を離れた。あの幻にどんな意味があるか、それは彼にはのみこめなかった。しかしあの幻を見せたものが、泥烏須でない事だけは確かだった。「この国の霊と戦うのは、……」 オルガンティノは歩きながら、思・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
――この涙の谷に呻き泣きて、御身に願いをかけ奉る。……御身の憐みの御眼をわれらに廻らせ給え。……深く御柔軟、深く御哀憐、すぐれて甘くまします「びるぜん、さんたまりや」様――――和訳「けれんど」――「ど・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・電燈の消えた薄暗い中で、白いものに包まれたお前たちの母上は、夢心地に呻き苦しんだ。私は一人の学生と一人の女中とに手伝われながら、火を起したり、湯を沸かしたり、使を走らせたりした。産婆が雪で真白になってころげこんで来た時は、家中のものが思わず・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 六「その時はどんなに可恐しゅうございましょう、苦しいの、切ないの、一層殺して欲しいの、とお雪さんが呻きまして、ひいひい泣くんでございますもの、そしてね貴方、誰かを掴えて話でもするように、何だい誰だ、などと言うで・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・その酒を飲んでいる間だけが痛苦が忘れられたが、暁方目がさめると、ひとりでに呻き声が出ていた。装飾品といって何一つない部屋の、昼もつけ放しの電灯のみが、侘しく眺められた。 永い間自分は用心して、子を造るまいと思ってきたのに――自然には・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・すると、鈍感なセメント樽のような動物は割れるような呻きを発して、そこらにある水桶を倒して馳せ出た。腹の大きい牝豚は仲間の呻きに鼻を動かしながら起き上って、出口までやって来た。柵を開けてやると、彼女は大きな腹を地上に引きずりながら低く呻いての・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・露西亜語を話す者のでない呻きが倒れたところから聞えてきた。「あたった。あたった。――そら一匹やっつけたぞ。」 そのたびに、森の中では、歓喜の声を上げていた。 中には、倒れた者が、また起き上って、びっこを引き引き走って行く者がある・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ さま/″\の溜息、呻き、訴える声、堪え難いしかめッ面などが、うつしこまれたように、一瞬に、病室に瀰漫した。血なまぐさい軍服や、襦袢は、そこら中に放り出された。担架にのせられたまゝ床の上に放っておかれた、大腿骨の折れた上等兵は、間歇的に・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 助けを求める切れ/″\の呻きが井村の耳に這入ってきた。彼も仲間の名を呼んだ。湿っぽい空気にまじって、血の臭いが鼻に来た。女の柔かい肉体が血と、酸っぱい臭いを発しつゝころがっていた。 井村は恐る/\そこらへんを、四ツン這いになってさ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・と呻き出した。「エッ。」と言いながら眼を挙げて源三が眼の行く方を見て、同じく禽の飛ぶのを見たお浪は、たちまちにその意を悟って、耐えられなくなったかげんぜんとして涙を堕した。そして源三が肩先を把えて、「またおまえは甲府へ行って・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫