・・・ お前は随分苦り切って、そんな羽目になった原因のおれの記事をぶつぶつ恨みおかしいくらいだったから、思わずにやにやしていると、お前は、「あんたという人は、えげつない人ですなあ」 と、呆れていた。「――まあ、そう言うな。潰してし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 二郎はすでに家にあらざりき、叔母はわれを引き止めてまたもや数々の言葉もて貴嬢を恨み、この恨み永久にやまじと言い放ちて泣きぬ、されどいずこにかなお貴嬢を愛ずる心ありて恨めど怒り得ぬさまの苦しげなる、見るに忍びざりき。叔母恨むというとも貴・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・弟余を顧みて曰く、秀吉の時代、義経の時代、或は又た明治の初年に逢遇せざりしを恨みしは、一、二年前のことなりしも、今にしては実に当代現今に生れたりしを喜ぶ。後世少年吾等を羨むこと幾許ぞと。余、甚だ然りと答へ、ともに奮励して大いに為すあらんこと・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・と、悲しげにまた何だか怨みっぽく答えた。「そんなに鵞鳥に貼くこともありますまい。」「イヤ、君だってそうでしょうが、題は自然に出て来るもので、それと定まったら、もうわたしには棄てきれませぬ。逃げ道のために蝦蟇の術をつかうなんていう・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・しからそもじへ口移しの酒が媒妁それなりけりの寝乱れ髪を口さがないが習いの土地なれば小春はお染の母を学んで風呂のあがり場から早くも聞き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万世不朽の胸づくし鐘にござる数々の怨みを特に前髪に命じて俊雄の両の膝へ敲き・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・けれども私は、それを恨みに思いません。あの人は美しい人なのだ。私は、もともと貧しい商人ではありますが、それでも精神家というものを理解していると思っています。だから、あの人が、私の辛苦して貯めて置いた粒々の小金を、どんなに馬鹿らしくむだ使いし・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・つまり現代の映画の標準から見ればあまりに内容に乏しい恨みがあるのである。同じ家庭の一夜を現わすにしても、ルネ・クレールは、また、ドブジェンコは、おそらくこのようには表現しなかったであろう。概念の代わりに「印象」を、説明の代わりに「詩」を、そ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・に忍ぶの恋草や、誰れに摘めとか繰返し、うたふ隣のけいこ唄、宵はまちそして恨みて暁と、聞く身につらきいもがりは、同じ待つ間の置炬燵、川風寒き子窓、急ぐ足音ききつけて、かけた蒲団の格子外、もしやそれかとのぞいて見れば、河岸の夕日にしよんぼりと、・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・佳句を得て佳句を続ぎ能わざるを恨みてか、黒くゆるやかに引ける眉の下より安からぬ眼の色が光る。「描けども成らず、描けども成らず」と椽に端居して天下晴れて胡坐かけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語にて即興なれば間に合わすつもりか。剛き髪を五分・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・そして「恨み重なるチャンチャン坊主」が、至る所の絵草紙店に漫画化されて描かれていた。そのチャンチャン坊主の支那兵たちは、木綿の綿入の満洲服に、支那風の木靴を履き、赤い珊瑚玉のついた帽子を被り、辮髪の豚尾を背中に長くたらしていた。その辮髪は、・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
出典:青空文庫