・・・三 お嬢さんや坊ちゃんに逐い出された白は東京中をうろうろ歩きました。しかしどこへどうしても、忘れることの出来ないのはまっ黒になった姿のことです。白は客の顔を映している理髪店の鏡を恐れました。雨上りの空を映している往来の水たま・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・とんとんと裏階子を駆下りるほど、要害に馴れていませんから、うろうろ気味で下りて来ると、はじめて、あなた、たった一人。」「だれか、人が。」「それが、あなた、こっちが極りの悪いほど、雪のように白い、後姿でもって、さっきのおいらんを、丸剥・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ と篠田はうろうろしてばたばた畳の上を撫でてみまする。この様子に小宮山は、しばらく腕組をして、黙って考えていましたが、開き直ったという形で、「篠田、色々話はあるが、何も彼も明日出直して来よう、それまでまあ君心を鎮めて待ってくれ。それ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・自分が牛舎の流しを出て台所へあがり奥へ通ったうちに梅子とお手伝いは夕食のしたくにせわしく、雪子もお児もうろうろ遊んでいた、民子も秋子もぶらんこに遊んでいた。ただ奈々子の姿が見えなかった。それでも自分はあえて怪しみもせず、今井とともに門を出た・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 省作は立ったまま座敷の中をうろうろ歩いてる。「おれが今見てあげるけど、お前なにか着替も持って来なかったかい」「そうさ、また男が風呂敷包みなんか持って歩けますかい」「困ったなあ」 省作は出してもらった着物を引っ掛け、兵児・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・その人々には、よく道がわからないとみえて、四つ街道にきてから、うろうろとしていました。「お寺へおいでなさるのですか。」と、少年はいいました。「ああそうだ。」と、その人は答えました。「そんなら、そちらの道をおいでなさい。」と、少年・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・どうしらいいだろうと気をもみましたけれど、なにぶんにも目がよく見えませんので、どうすることもできないので、ただ、うろうろ騒いでいました。 このとき、三郎は姉のそばに駆けてきまして、「姉さん、鳥はどこへいったの! 僕の大事にしておいた・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・けに浜子は私がせがまなくても、あれも買え、これもほしいのンか、ああ、そっちゃのンもええなア、おっさん、これも包んだげてんかと、まるで自分から眼の色を変えて、片ッ端から新次の分と二つずつ買うてくれ、私はうろうろしてしまった。あまりのうれしさに・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 呶鳴るように言うと、紀代子もぐっと胸に来て、「うろうろしないで早く帰りなさい」 その調子を撥ね飛ばすように豹一は、「勝手なお世話です」「子供のくせに……」 と言いかけたが、巧い言葉が出ないので、紀代子は、「教護・・・ 織田作之助 「雨」
・・・旅馴れぬ旅行者のように、早く駅前へ出ようとうろうろする許りである。顔見知りもいない。 よしんば知人に会うても、彼もまたキョロキョロと旅行者のような眼をしているのである。 いわば、勝手の違う感じだ。何か大阪に見はなされた感じなのだ。追・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
出典:青空文庫