・・・ すると、角顋の先生は、足をうんと踏みのばしながら、生あくびを噛みつぶすような声で、「ああ、退屈だ。」と云った。それから、近眼鏡の下から、僕の顔をちょいと見て、また、新聞を読み出した。僕はその時、いよいよ、こいつにはどこかで、会った事が・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・「ああ、うんと太い二本芽のね、ちんぼ芽のね、赤芽のね、……」 金三は解けかかった帯の端に顔の汗を拭きながら、ほとんど夢中にしゃべり続けた。それに釣りこまれた良平もいつか膳を置きざりにしたまま、流し元の框にしゃがんでいた。「御飯を・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・巡的だってあの大きな図体じゃ、飯もうんと食うだろうし、女もほしかろう。「お前もか。己れもやっぱりお前と同じ先祖はアダムだよ」とか何とか云って見ろ。己れだって粗忽な真似はし無えで、兄弟とか相棒とか云って、皮のひんむける位えにゃ手でも握って、祝・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・八っちゃんはまだ三つですぐ忘れるから、そういったら先刻のように丸い握拳だけうんと手を延ばしてくれるかもしれないと思った。「八っちゃん」 といおうとして僕はその方を見た。 そうしたら八っちゃんは婆やのお尻の所で遊んでいたが真赤な顔・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・ぎしぎしと音がして、青黄色に膨れた、投機家が、豚を一匹、まるで吸った蛭のように、ずどうんと腰で摺り、欄干に、よれよれの兵児帯をしめつけたのを力綱に縋って、ぶら下がるように楫を取って下りて来る。脚気がむくみ上って、もう歩けない。 小児のつ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・が、分銅だけは、調子を違えず、とうんとうんと打つ――時計は止まったのではない。「もう、これ午餉になりまするで、生徒方が湯を呑みに、どやどやと見えますで。湯は沸らせましたが――いや、どの小児衆も性急で、渇かし切ってござって、突然がぶりと喫・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産に採って来ます」「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの」「だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水のある所は。道とい・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ それから私がこれこれだと話すと、うんそりゃよかろう、若いものがうんと骨折るにゃ都会がえい、おれは面目だのなんぼくだのということは言わんがな、そりゃ東京の方が働きがいがあるさ。それじゃそうと決心して、なるたけ早く実行することにしろ。それ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 信吉は、うんと叔父さんの手助けをして、お小使いをもらったら、自分のためでなく、妹になにかほしいものを買ってやって、喜ばせてやろうと思っているほど、信吉は、小さい妹をかわいがっていました。 白い手ぬぐいを被った、女たちといっしょに、・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ 三郎は、かわいがっているボンが、ばあさんのために小石を投げられたり水を頭からかけられたりしてきますと、今度、ばあさん家の猫がきたら、うんといじめてやろうと思いました。しかし、猫がやってきますと、いつも三郎がその猫をかわいがっているもの・・・ 小川未明 「少年の日の悲哀」
出典:青空文庫