・・・どうかした拍子でふいと自然の好い賜に触れる事があってもはっきり覚めている己の目はその朧気な幸を明るみへ引出して、余りはっきりした名を付けてしまったのだ。そして種々な余所の物事とそれを比べて見る。そうすると信用というものもなくなり、幸福の影が・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・僕が富士山は善い山だろうというと、不折君は俗な山だという。松の木は善い木であろうというと、それは俗な木だという。達磨は雅であろうというと、達磨は俗だという。日本の甲冑は美術的であろうというと、西洋の甲冑の方が美術的だという、一々衝突するから・・・ 正岡子規 「画」
・・・「とても私らにはできません。私らはもう死にそうなんです。」「えい、意気地なしめ。早く運べ。晩までに出来なかったら、みんな警察へやってしまうぞ。警察ではシュッポンと首を切るぞ。ばかめ。」 あまがえるはみんなやけ糞になって叫びました・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・放せったら放せ。えい畜生。」「早く、早く。そら、もう大丈夫だ。おや。君の靴がぼろぼろだね。どうしたんだろう。」 実際ゴム靴はもうボロボロになって、カン蛙の足からあちこちにちらばって、無くなりました。 カン蛙はなんとも言えないうら・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・すべて人は善いこと、正しいことをこのむ。善と正義とのためならば命を棄てる人も多い。おまえたちはいままでにそう云う人たちの話を沢山きいて来た。決してこれを忘れてはいけない。人の正義を愛することは丁度鳥のうたわないでいられないと同じだ。セララバ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・テなどがねずみ会議員だなんて。えい、おもしろくない。おれでもすればいいんだ。えい。おもしろくもない、散歩に出よう。」 そこでクねずみは散歩に出ました。そしてプンプンおこりながら、天井裏街の方へ行く途中で、二匹のむかでが親孝行の蜘蛛の話を・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・「あわれやむすめ、父親が、 旅で果てたと聞いたなら」と哀れな声で歌い出しました。「えい。やかましい。じたばたするな。」と蜘蛛が云いました。するとかげろうは手を合せて「お慈悲でございます。遺言のあいだ、ほんのしばらくお待ち・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ いかにも気持が良い空の色だ。 はっきりした日差しに苔の上に木の影が踊って私の手でもチラッと見える鼻柱でも我ながらじいっと見つめるほどうす赤い、奇麗な色に輝いて居る。 こんな良い空を勝手に仰ぎながら広い「野っぱ」を歩いて居る人が・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・其上いつもなら枕元に椅子を引きよせて、五月蠅いほど何か喋ったり笑ったりする彼女―― Chatterbox が、自分の部屋に引こんだきりことりともさせないのは穏やかでない。 部屋はがらんと広く、明るく無人島のような感じを与えた。彼は暫く、・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 上向けば女! 見下しゃ女! あっち向きゃ女! ここでまで女だ! えい、畜生! サモワールを俺さまが立てるてえのか? 俺あ貴様の何だ? 犬か? 亭主か?」 そして、たった四十だのにもう干物みたいになって終っているナースチャを、ボルティー・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
出典:青空文庫