・・・ まもなくお清がはいって来て「江上さんから電話でございます。」 大森ははね起きた。ふらふらと目がくらみそうにしたのを、ウンとふんばって突っ立った時、彼の顔の色は土色をしていた。 けれども電話口では威勢のよい声で話をして、「それで・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・近づくにつれて、晴川歴々たり漢陽の樹、芳草萋々たり鸚鵡の洲、対岸には黄鶴楼の聳えるあり、長江をへだてて晴川閣と何事か昔を語り合い、帆影点々といそがしげに江上を往来し、更にすすめば大別山の高峰眼下にあり、麓には水漫々の月湖ひろがり、更に北方に・・・ 太宰治 「竹青」
・・・またたとえば芭蕉は時鳥の声により、漱石は杭打つ音によって広々とした江上の空間を描写した。「咳声の隣はちかき縁づたい」に「添えばそうほどこくめんな顔」は非同時性モンタージュであり、カメラの回転追跡である。こういう例をあげれば際限はない。他日適・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・荷物を上げ座もかまえ、まだ出帆には間もあればと岩亀亭へつけさせ昼飯したゝむ。江上油のごとく白鳥飛んでいよいよ青し。欄下の溜池に海蟹の鋏動かす様がおかしくて見ておれば人を呼ぶ汽笛の声に何となく心急き立ちて端艇出させ、道中はことさら気を付けてと・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・たとえば江上の杜鵑というありふれた取り合わせでも、その句をはたらかせるために芭蕉が再三の推敲洗練を重ねたことが伝えられている。この有名な句でもこれを「白露江に横たわり水光天に接す」というシナ人の文句と比べると俳諧というものの要訣が明瞭に指摘・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・また江上の夏の夜の情趣も浮かぶであろう。 小銃弾の速度は毎秒九百メートルほどである。それで約一キロメートル前方の山腹で一斉射撃の煙が見えたら、それから一秒余おくれて弾が来て、それからまた二秒近くおくれて、はじめて音が聞こえるわけである。・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・『江頭百詠』は静軒が天保八年『江戸繁昌記』のために罪を獲て江戸払となってから諸方に流浪し、十三年の後隅田川のほとりなる知人某氏の別荘に始めておちつく事を得た時、日々見る所の江上の風光を吟じたもので、嘉永二年に刊刻せられた一冊子である。『・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・あんまり譲原さんが汗をかくので、わたしもその時の担当者であった江上さんも心配になって、いきなりではあんまり無理らしいからと、四、五日さきに録音をのばした。わたしたちは皆単に、譲原さんはひどく疲れている上に馴れない、放送局のなかは不自然に暖か・・・ 宮本百合子 「譲原昌子さんについて」
出典:青空文庫