・・・そこで草臥た高慢の中にある騙された耳目は得べき物を得る時無く、己はこの部屋にこの町に辛抱して引き籠っているのだ。世間の者は己を省みないのが癖になって、己を平凡な奴だと思っているのだ。(家来来て桜実一皿を机の上に置き、バルコンの戸を鎖戸はまあ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・かつ蜜柑は最も長く貯え得るものであるから、食う人も自ら多いわけである。○くだものと余 余がくだものを好むのは病気のためであるか、他に原因があるか一向にわからん、子供の頃はいうまでもなく書生時代になっても菓物は好きであったから、二ヶ月の学・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・\てこゝに行き行く夏野かな朝霧や杭打つ音丁々たり帛を裂く琵琶の流れや秋の声釣り上げし鱸の巨口玉や吐く三径の十歩に尽きて蓼の花冬籠り燈下に書すと書かれたり侘禅師から鮭に白頭の吟を彫る秋風の呉人は知らじふぐと汁・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・句や歌を彫る事は七里ケッパイいやだ。もし名前でも彫るならなるべく字数を少くして悉く篆字にしてもらいたい。楷書いや。仮名は猶更。〔『ホトトギス』第二巻第十二号 明治32・9・10〕 正岡子規 「墓」
・・・もうマジエル様と呼ぶ烏の北斗七星が、大きく近くなって、その一つの星のなかに生えている青じろい苹果の木さえ、ありありと見えるころ、どうしたわけか二人とも、急にはねが石のようにこわばって、まっさかさまに落ちかかりました。マジエル様と叫びながら愕・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・その見得るはずの大さは、 〇、〇〇〇一四粍 ですがこれは人によって見えたり見えなかったりするのです。一方、私共の眼に感ずる光の波長は、 〇、〇〇〇七六粍 乃至 〇・・・ 宮沢賢治 「手紙 三」
・・・純粋にそれを味わい得ることは稀だ」その純粋に経験された場合として、愛らしい夏子と村岡と夏子の死が扱われているわけなのだが、今日の時々刻々に私たちの生に登場して来ている愛と死の課題の生々しさ、切実さ複雑さは、それが夏子を殺した自然と一つもので・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・ ○女子大学生 ラバ lover さん 私立大学のハイカラ生 エルサン 摩耶山はエルさんをつれてのぼるところだ、と思いましたよ。 智識階級の二十―三十代 リーベ すきな人・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 文学はわれわれの生きている現実の生活を突きつめてそれを芸術化して行くところに生れるのであって、われわれのぶつかる現実を、あれでもない、これでもないと、反物を選るときのように片はじからなげすてて行けばその底から或る特殊な文学的現実という・・・ 宮本百合子 「見落されている急所」
・・・ そんならどうしてお許しを得るかというと、このたび殉死した人々の中の内藤長十郎元続が願った手段などがよい例である。長十郎は平生忠利の机廻りの用を勤めて、格別のご懇意をこうむったもので、病床を離れずに介抱をしていた。もはや本復は覚束ないと・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫