・・・試みに中央線の汽車で甲州から信州へ分け入る際、沿道の民家の建築様式あるいは単にその屋根の形だけに注意してみても、私の言うことが何を意味するかがおぼろげにわかるであろうと思う。 このような天然の空間的多様性のほかにもう一つ、また時間的の多・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・正道路というのを思返して、板塀に沿うて其方へ行って見ると、近年東京の町端れのいずこにも開かれている広い一直線の道路が走っていて、その片側に並んだ夜店の納簾と人通りとで、歩道は歩きにくいほど賑かである。沿道の商店からは蓄音機やラヂオの声のみな・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・蘇生したけれど彼は満面に豌豆大の痘痕を止めた。鼻は其時から酷くつまってせいせいすることはなくなった。彼は能く唄ったけれど鼻がつまって居る故か竹の筒でも吹くように唯調子もない響を立てるに過ぎない。性来頑健は彼は死ぬ二三年前迄は恐ろしく威勢がよ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・先ず私たちは時間の合間合間に砂糖わりの豌豆豆を買って来て教場の中で食べる。その豌豆豆が残るとその残った豌豆豆を先生の机の抽斗の中に入れて置く。歴史の先生に長沢市蔵という人がいる。われわれがこれを渾名してカッパードシヤといっている。何故カッパ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・文学としての自主性を持たなかったこと、農民の生活を描写するにあたって文学的正直さに徹し得ない内外の事情に制約されていたために、農村の具体性を再現し得ないという意味では、所謂時局的な「農業政策の行われる沿道の風景」をリアルに描き出す可能をも失・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ ニューヨークの寄宿舎では豌豆がちの献立であったから腹がすいて困った。その時、デスクの上で何時かしらと眺めるのも、その時計であった。 ところが、二年ばかりすると、動かなくなってしまった。ウォルサムの機械の寿命がそんな短いわけはない。・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・私共が引越して来た以前から住んでいた人で、隠居住居らしく、前栽にダリアや豌豆などを作っている。夕方まだ日があるのにポツと一つ電燈が部屋の中に点いているのなど、私の家の茶の間から樫の木の幹をすかしてよく眺められた。一人で、さっぱりした座敷の真・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・辻番所組合遠藤但馬守胤統から酒井忠学の留守居へ知らせた。酒井家は今年四月に代替がしているのである。 酒井家から役人が来て、三人の口書を取って忠学に復命した。 翌十四日の朝は護持院原一ぱいの見物人である。敵を討った三人の周囲へは、山本・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫