・・・しかし睡気はおいおいと、強くなって来るばかりです。と同時に妙子の耳には、丁度銅鑼でも鳴らすような、得体の知れない音楽の声が、かすかに伝わり始めました。これはいつでもアグニの神が、空から降りて来る時に、きっと聞える声なのです。 もうこうな・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ その内に更紗の窓掛けへ、おいおい当って来た薄曇りの西日が、この部屋の中の光線に、どんよりした赤味を加え始めた。と同時に大きな蠅が一匹、どこからここへ紛れこんだか、鈍い羽音を立てながら、ぼんやり頬杖をついた陳のまわりに、不規則な円を描き・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・が、この日本に住んでいる内に、私はおいおい私の使命が、どのくらい難いかを知り始めました。この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な力が潜んで居ります。そうしてそれが冥々の中に、私の使命を妨げて居ります。さもなければ私は・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・妻はと見ると虫の息に弱った赤坊の側に蹲っておいおい泣いていた。笠井が例の古鞄を膝に引つけてその中から護符のようなものを取出していた。「お、広岡さんええ所に帰ったぞな」 笠井が逸早く仁右衛門を見付けてこういうと、仁右衛門の妻は恐れるよ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・瀬古 おいおいそれは誰の事だい。ともちゃん、おまえ覚えがある。花田 まあ、あとでわかるから黙って聞け。……ところで、奴が死んでみると、俺たち彼の仲間は、奴の作品を最も正しい方法で後世に遺す義務を感ずるのだ。ところで、俺は九頭竜に・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・しかしながら行けども行けども他の道に出遇いかねる淋しさや、己れの道のいずれであるべきかを定めあぐむ悲しさが、おいおいと増してきて、軌道の発見せられていない彗星の行方のような己れの行路に慟哭する迷いの深みに落ちていくのである。四・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ おら堪んなくなって、ベソを掻き掻き、おいおい恐怖くって泣き出したあだよ。」 いわれはかくと聞えたが、女房は何にもいわず、唇の色が褪せていた。「苫を上げて、ぼやりと光って、こんの兄哥の形がな、暗中へ出さしった。 おれに貸せ、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 教授はあきらめて落着いて、「おいおいどうしてくれるんだ――給仕にも何にもまだ膳が来ないではないか。」「あッそうだ。」 と慌てて片足を挙げたと思うと、下して片足をまた上げたり、下げたり。「腹が空いたろで、早くお飯を食わせ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 母はもうおいおいおいおい声を立てて泣いている。民子の死ということだけは判ったけれど、何が何やら更に判らぬ。僕とて民子の死と聞いて、失神するほどの思いであれど、今目の前で母の嘆きの一通りならぬを見ては、泣くにも泣かれず、僕がおろおろして・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・人々は、おいおいにその広場から立ち去りました。うす青い着物をきた姉は、弟をいたわって、自分たちもそこを去ろうとしたときであります。 一人の見なれない男が、姉の前に進み出ました。「この町の大尽のお使いでまいったものです。ちょっと大尽が・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
出典:青空文庫