・・・しかし現代のジャーナリズムは、まだまだ恐ろしいいろいろの怪物を毎朝毎夕製造しては都大路から津々浦々に横行させているのである。そうして、それらの怪物よりもいっそう恐ろしくもまた興味の深い不思議な怪物はジャーナリズムの現象そのものであるかもしれ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・あるいは支那人や大雅堂蕪村やあるいは竹田のような幻像が絶えず眼前を横行してそれらから強い誘惑を受けているように見える。そしてそれらに対抗して自分の赤裸々の本性を出そうとする際に、従来同君の多く手にかけて来た図案の筆法がややもすれば首を出した・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・の集落が希薄になっていたのではないかと想像される。古い民家の集落の分布は一見偶然のようであっても、多くの場合にそうした進化論的の意義があるからである。そのだいじな深い意義が、浅薄な「教科書学問」の横行のために蹂躙され忘却されてしまった。そう・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 果てもない広い森林と原野の間に自在に横行していたものが、ちょっとした身動きすら自由でない窮屈なこういう境遇に置かれて、そして、いくら気の長い、寿命の長い象にしても、十年以上もこうして縛られているのでは、そうそういい目つきばかりもしてい・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・の顔がジャヴァ、インド、東トルキスタンからギリシアへかけて、いろいろの名前と表情とをもって横行している。また大江山の酒顛童子の話とよく似た話がシナにもあるそうであるが、またこの話はユリシースのサイクロップス退治の話とよほど似たところがあ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・ 泳ぐ事もできず裸体で川端を横行する事も出来ぬ時節になっても、自分はやはり川好きの友達と一緒に中学校の教場以外の大抵な時間をば舟遊びに費した。 われわれは無論ボオトも漕いだ。しかしボオトは少くとも四、五人の人数を要する上に、一度・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ただ自他の関係を知らず、眼を全局に注ぐ能わざるがため、わが縄張りを設けて、いい加減なところに幅を利かして満足すべきところを、足に任せて天下を横行して、憚からぬのが災になる。人が咎めれば云う。おれの地面と君の地面との境はどこだ。境は自分がきめ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・彼女の、コムパスは酔眼朦朧たるものであり、彼女の足は蹌々踉々として、天下の大道を横行闊歩したのだ。 素面の者は、質の悪い酔っ払いには相手になっていられない。皆が除けて通るのであった。 彼女は、瀬戸内海を傍若無人に通り抜けた。――尤も・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・すなわち我が邦の人、横行の文字を読み習うるの始めなり。 その後、宝暦明和の頃、青木昆陽、命を奉じてその学を首唱し、また前野蘭化、桂川甫周、杉田いさい等起り、専精してもって和蘭の学に志し、相ともに切磋し、おのおの得るところありといえども、・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・、利を射り、名を貪り、犯すべからざるの不品行を犯し、忍ぶべからざるの刻薄を忍び、古代の縄墨をもって糺すときは、父子君臣、夫婦長幼の大倫も、あるいは明を失して危きが如くなるも、なおかつ一世を瞞着して得々横行すべきほどの、この有力なる開進風潮の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫