・・・僕なぞは芸術にかくれるという方だが、菊池は芸術に顕われる――と言っては、おかしいが、芸術は菊池の場合、彼の生活の一部に過ぎないかの観がある。一体芸術家には、トルストイのように、その人がどう人生を見ているかに興味のある人と、フローベールのよう・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・ただいまだにおかしいのは雉の剥製を貰った時、父が僕に言った言葉である。「昔、うちの隣にいた××××という人はちょうど元日のしらしら明けの空を白い鳳凰がたった一羽、中洲の方へ飛んで行くのを見たことがあると言っていたよ。もっともでたらめを言・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・で、こんどのあなたの名まえは……戸部 俺はなんという名まえにするかな……とも子 いいわ、私の名を上げるから、戸部友又じゃいけない……それじゃおかしいわね。あのね……あなたまた画かきになるんでしょう……とも子近づこうとする。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ とばかり歯をカチリと、堰きあえぬ涙を噛み留めつつ、「口についていうようでおかしいんですが、私もやっぱり。貴下は、もう、今じゃこんなにおなりですから、私は要らなくなったでしょうが、私は今も、今だって、その時分から、何ですよ、同じなん・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・年なお若い君が妻などに頓着なく、五十に近い僕が妻に執着するというのはよほどおかしい話である。しかしここがお互いに解しがたいことであるらしい。 貧乏人の子だくさんというようなことも、僕の今の心理状態と似よった理由で解釈されるのかもしれない・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・つ親の習いで、化物ばなしの話の本の中にある赤坊の頭をかじって居るような顔をした娘でも花見だの紅葉見なんかのまっさきに立ててつきうすの歩くような後から黒骨の扇であおぎながら行くのは可愛いいのを通りすぎておかしいほどだ。それだのに母親の目から見・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・と云うて命令しとる様な様子が何やらおかしい思われた。演習に行てもあないに落ち付いておられん。人並みとは違た様子や。して、倒れとるものが皆自分の命令に従ごて来るつもりらしかった。それが大石軍曹や。」 友人は不思議ではないかと云わぬばかりに・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・「ラオやさんは どこに いるのだろう、ほんとうに おかしいな。」と、武ちゃんは ぼんやり たって いました。 空は 青く はれて いました。あの はこの ついた 車を ひいて、おじいさんは どこを あるいて いるのかと おもいま・・・ 小川未明 「秋が きました」
・・・「それがまたおかしいのさ。馬鹿は馬鹿だけの手前勘で、お光さんのことを俺のレコだろうって、そう吐かしやがるのさ、馬鹿馬鹿しくって腹も立てられねえ」 お光はただ笑って聞いたが、「そうそう、私ゃその話で思い出したが、今家にいる若い者ね」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ところが或日若夫婦二人揃で、さる料理店へ飯を食いに行くと、またそこの婢女が座蒲団を三人分持って来たので、おかしいとは思ったが、何しろ女房の手前もあることだから、そこはその儘冗談にまぎらして帰って来たが、その晩は少し遅くなったので、淋しい横町・・・ 小山内薫 「因果」
出典:青空文庫