・・・ それから少しきたない話ではあるが、昔田舎の家には普通に見られた三和土製円筒形の小便壺の内側の壁に尿の塩分が晶出して針状に密生しているのが見られたが、あれを見るときもやはり同様に軽い悪寒と耳の周囲の皮膚のしびれを感ずるのであった。 ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 彼は全身に悪寒を覚えた。 恐愕の悪寒が、激怒の緊張に変った。匕首が彼の懐で蛇のように鎌首を擡げた。が、彼の姿は、すっかり眠りほうけているように見えた。 制服、私服の警官隊が四人、前後からドカドカッと入って来た。便所の扉を開・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 始め、妙に悪寒がして、腰が延びないほど疼いたけれ共、お金の思わくを察して、堪えて水仕事まで仕て居たけれ共、しまいには、眼の裏が燃える様に熱くて、手足はすくみ、頭の頂上から、鉄棒をねじり込まれる様に痛くて、とうとう床についてしまった。頭・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・無理をして約束の築地の稽古場へゆき一時間半ほど熱心に話をしてくたびれてかえったら悪寒がして熱が四十度ばかり出ました。夜中だったがお医者を呼んだら喉が少し赤いというのでルゴールでやいてね、冷やしたり、おなかをあっためたりそんなことをして、どう・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・それを見た時丁度、そうっと他人の懐中物をかすめたすりが通りすがりに監獄の垣を見てふるえるように私の心と躰は何とも云われない悪寒とふるえをおこした、けれども、なきながら「なんだい、なくもんか男だもの」と云う子供のそれのように強いてのつけ元気に・・・ 宮本百合子 「砂丘」
出典:青空文庫