・・・わたくしも、そう言われて、はじめて、ああそうだったと気がついて、お恥ずかしい、わが子ながら、両手合せて拝みたいほどでございました。嘘、とはっきり知りながら、汽車に乗り、馬車に乗り、雪道歩いて、わたくしたち親子三人、信濃の奥まで、まいりました・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・わしは骸骨では無い。男神ジオニソスや女神ウェヌスの仲間で、霊魂の大御神がわしじゃ。わしの戦ぎは総て世の中の熟したものの周囲に夢のように動いておるのじゃ。其方もある夏の夕まぐれ、黄金色に輝く空気の中に、木の葉の一片が閃き落ちるのを見た時に、わ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ はあと嘉十もこっちでその立派な太陽とはんのきを拝みました。右から三ばん目の鹿は首をせわしくあげたり下げたりしてうたいました。 「お日さんは はんの木の向さ、降りでても すすぎ、ぎんがぎが まぶしまんぶし。」 ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・来月二十六夜ならば、このお光に疾翔大力さまを拝み申すじゃなれど、今宵とて又拝み申さぬことでない、みなの衆、ようくまごころを以て仰ぎ奉るじゃ。」 二十六夜の金いろの鎌の形のお月さまが、しずかにお登りになりました。そこらはぼおっと明るくなり・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・日向にだけは、男神が甦生しても大して意外でない悠々さがある。 熊本は、寝て素通りしたから何も知らず、長崎へゆくと、更に人々の気持、自然の雰囲気が異なって来る。 そういう方面だけ思い出しても、九州の旅行は楽しく、たっぷりしたものであっ・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ もうどうしていいか分らなくなってしまった彼は、傍の草の中に突伏して、拝みたくて堪らない心持になりながら子供のように泣吃逆ったのである。 そして、安心して気が緩んだので、いつかしら我ともなく心がポーッとなりそうになったとき、「オ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・二流、三流の通俗画家が、凡庸な構図とあり来りな解釈とで、神話の男神、アポロー、パンまたは、キリスト教の聖徒などを描いた他、或る女流画家の特殊な稟性によって、ユニクな属性を賦与された男子の肖像が在るだろうか。私は自分の狭い知識では不幸にして一・・・ 宮本百合子 「わからないこと」
・・・宮崎さんはメッシアスだと自分で言っていて、またそのメッシアスを拝みに往く人もあるからである。これは現在にある例で説明したら、幾らかわかりやすかろうと思ったからである。 しかしこの説明は功を奏せなかった。子供には昔の寒山が文殊であったのが・・・ 森鴎外 「寒山拾得縁起」
・・・文吉が沙に額を埋めて拝みながら待っていると、これも思ったより早く、神主が出て御託宣を取り次いだ。「初の尋人は春頃から東国の繁華な土地にいる。後の尋人の事は御託宣が無い」と云った。 文吉は玉造から急いで帰って、御託宣を九郎右衛門に話した。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ところが筑紫へ赴任する前に、ある日前栽で花を見ていると、内裏を拝みに来た四国の田舎人たちが築地の外で議論するのが聞こえた。その人たちは玉王を見て、あれはらいとうの衛門の子ではないかと言って騒いでいたのである。玉王はそれを聞いて、自分が鷲にさ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫