・・・「寝たのか、まだ明るぞ。起きろ。」 外ではまたはげしくどなった。(ああこんなに眠らなくては明日の仕事富沢は思いながら床の間の方にいた斉田を見た。 斉田もはっきり目をあいていて低く鉱夫だなと云った。富沢は手をふって黙っていろと云っ・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・とのさまがえるはそこで小さなこしかけを一つ持って来て、自分の椅子の向う側に置きました。 それから棚から鉄の棒をおろして来て椅子へどっかり座って一ばんはじのあまがえるの緑色のあたまをこつんとたたきました。「おい。起きな。勘定を払うんだ・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・「ここへ置きますから、どうぞ上って下さい」「ええ、ありがと」 婆さんが出てから振返って見ると、朱塗りの丸盆の上に椀と飯茶碗と香物がのせられ、箱火鉢の傍の畳に直に置いてあった。陽子は立って行って盆を木箱の上にのせた。上り端の四畳の・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・そこが夫婦の寝起きの場所で夕飯が始まったらしい。彼等も今晩は少しいつもと異った心持らしく低声で話し、間に箸の音が聞えた。 陽子はコーンビーフの罐を切りかけた、罐がかたく容易に開かない、木箱の上にのせたり畳の上に下したり、力を入れ己れの食・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 農婦はその足もとに大きな手籠を置き家禽を地上に並べている。家禽は両脚を縛られたまま、赤い鶏冠をかしげて目をぎョろぎョろさしている。 彼らは感じのなさそうな顔のぼんやりしたふうで、買い手の値ぶみを聞いて、売り価を維持している。あるい・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・と言って臂を伸ばして、両眼を開いて、むっくり起きた。「たいそうよくお休みになりました。お袋さまがあまり遅くなりはせぬかとおっしゃりますから、お起し申しました。それに関様がおいでになりました」「そうか。それでは午になったと見える。少し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・次にここに補って置きたいのは、翻訳のみに従事していた思軒と、後れて製作を出した魯庵とだ。漢詩和歌の擬古の裡に新機軸を出したものは姑く言わぬ。凡そ此等の人々は、皆多少今の文壇の創建に先だって、生埋の運命に迫られたものだ。それは丁度雑りものの賤・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・そこで馬鹿らしいお話ですが、何度となく床から起きて、鏡の前へ自分の顔を見にいったのですね。わたくしも自分がかなり風采の好い男だとは思っていました。しかしまあ世間普通の好男子ですね。世間でおめかしをした Adonis なんどと云う性で、娘子の・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・お母あ様の所へ出す手紙を、あなたはわたくしの部屋に落してお置きになったですねえ。 女。おや。そうでしたか。あの手紙はあなたの所で落しましたのですかねえ。 男。ええ。そうでした。ところでわたくしのためにはそれが好都合だったのです。翌日・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・忍藻はとくに起きつろうに、まだ声をも出ださぬは」訝りながら床をはなれて忍藻の母は身繕いし、手早く口を漱いて顔をあらい、黄楊の小櫛でしばらく髪をくしけずり、それから部屋の隅にかかッている竹筒の中から生蝋を取り出して火に焙り、しきりにそれを髪の・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫