・・・などという艶文を、それぞれの相手に贈るのだった。艶文を贈って返事が来ると、二人の仲は公然と認められ、男の子は相手を「おれの娘」とよび女の子は「あたいの好い人」とよび、友達に冷やかされてぽうっと赫くなってうつむくのが嬉しいのだった。 安子・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・彼には無論一円という香奠を贈る程の力は無かったが、それもKが出して置いて呉れたのであった。Yの父が死んだ時、友人同士が各自に一円ずつの香奠を送るというのも面倒だから、連名にして送ろうではないかという相談になってその時Kが「小田も入れといてや・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・Yの父が死んだ時、友人同士が各自に一円ずつの香奠を送るというのも面倒だから、連名にして送ろうではないかという相談になってその時Kが「小田も入れといてやろうじゃないか、斯ういう場合なんだからね、小田も可愛相だよ」斯う云って、彼の名をも書き加え・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・われには少しもこの夜の送別会に加わらん心あらず、深き事情も知らでただ壮なる言葉放ち酒飲みかわして、宮本君がこの行を送ると叫ぶも何かせん。 げに春ちょう春は永久に逝きぬ。宮本二郎は永久を契りし貴嬢千葉富子に負かれ、われは十年の友宮本二郎と・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・手袋を買ってやる金を新聞社に送るべきか。リップスによればそうすべきだ。しかし一方はわが子で目の前に見、他方は他国でうわさに聞くのみ。情緒の上には活々とした愛と動機力は無論幼児の手袋を買ってやる方にはたらいている。客観的事実の軽重にしたがって・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ したがって、書を読むとはかような共存感からの他人の贈る物を受けることを意味する。 人間共存のシンパシィと、先人の遺産ならびに同時代者の寄与とに対する敬意と感謝の心とをもって書物は読まるべきである。たとい孤独や、呪詛や、非難的の文字・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・彼は、受取ったすぐ、その晩――つまり昨夜、旧ツアー大佐の娘に、毎月内地へ仕送る額と殆ど同じだけやってしまったことを後悔していた。今日戦争に出ると分っていりゃ、やるのではなかった。あれだけあれば、妻と老母と、二人の子供が、一ヵ月ゆうに暮して行・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・そして王に手引してもらって、手取り千六百金、四百金を承奉に贈ることにして、二千金で売付けた。時はもう明末にかかり、万事不束で、人も満足なものもなかったので、一厨役の少し麁鹵なものにその鼎を蔵した管龠を扱わせたので、その男があやまってその贋鼎・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・過る者は送るがごとく、来るものは迎うるに似たり。赤き岸、白き渚あれば、黒き岩、黄なる崖あり。子美太白の才、東坡柳州の筆にあらずはいかむかこの光景を捕捉しえん。さてそれより塩竈神社にもうでて、もうこの碑、壺の碑前を過ぎ、芭蕉の辻につき、青葉の・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・よしんば偶然にしてその寿命のみをたもちえても、健康と精神力とがこれにともなわないで、ながく困窮・憂苦の境におちいり、みずからたのしまず、世をも益することなく、碌々・昏々として日を送るほどならば、かえって夭死におよばぬではないか。 けだし・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫