・・・柳吉が蝶子と世帯を持ったと聴いて、父親は怒るというよりも柳吉を嘲笑し、また、蝶子のことについてかなりひどい事を言ったということだった。――蝶子は「私のこと悪う言やはんのは無理おまへん」としんみりした。が、肚の中では、私の力で柳吉を一人前にし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・すると、いやそれでは困る、それであなたの方でそう怒るなら私の方でも申しあげますが、いったい今度の会をやるということと、倉富さんが評論を書くということは、最初から笹川さんの出版条件になっております……と言うんじゃないか、それでもまだ君は……」・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・その後S―はひどく酔ったときなどは、気持にはどんな我慢をさせてもという気になってついその女を呼ぶ、心が荒くなってその女でないと満足できないようなものが、酒を飲むと起こるのだと言った。 喬はその話を聞いたとき、女自身に病的な嗜好があるのな・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・怒ったな。怒るのを一々断わるものもないものだ。お前は真実に怒ったから、おれは嘘に、嘘に、嘘に笑おうか。 何とでも御勝手になさいまし。私アもう……、私アもう……、私ア家へ帰りますよ。帰って母様にそう言って、この讐を取ってもらいます。綱雄さ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 地震ぞと叫ぶ声室の一隅より起こるや江川と呼ぶ少年真っ先に闥を排して駆けいでぬ。壁の落つる音ものすごく玉突き場の方にて起これり。ためらいいし人々一斉に駆けいでたり。室に残りしは二郎とわれと岡村のみ、岡村はわが手を堅く握りて立ち二郎は卓の・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・叔母恨むというとも貴嬢怒るに及ばじ、恨む心は女の心にして、恨む女は愛ずる女なり、ただこの叔母を哀れとおぼさずや。 叔母のいいけるは昨夜夜ふけて二郎一束の手紙に油を注ぎ火を放ちて庭に投げいだしけるに、火は雨中に燃えていよいよ赤く、しばしは・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・「お前さん怒るなら何程でもお怒り。今夜という今夜は私はどうあっても言うだけ言うよ」とお源は急促込んで言った。「貧乏が好きな者はないよ」「そんなら何故お前さん月の中十日は必然休むの? お前さんはお酒は呑ないし外に道楽はなし満足に仕・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・この天与の性的要求の自由性と、人間生活の理想との間に矛盾が起こるのはむしろ当然のことである。この際自由の抑制、すなわち善というわけにいかぬものがある。 この男性にあらわれる生活精力上、審美上、優生学上の天然の意志については、婦人は簡単に・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・この次に来る戦争に於ても、又こういうことが起るであろう。そうして無産者は、屠殺場の如き戦場へどん/\追いやられるだろう。 しかし、プロレタリアートは、泥棒どもが縄張りを分け取りにするような喧嘩に、みす/\喧嘩場へ追いやられて、お互いに、・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ 従兄は、例の団栗眼を光らして怒るかと思いの外、少し唇を尖らして、くっくっと吹き出しそうになった。が、すぐそれを呑み込んで、「ううむ?」と曖昧に塩入れ場の前に六尺の天秤棒や、丸太棒やを六七本立てかけてある方に顎をちょいと突き出して搾・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
出典:青空文庫