・・・お前は豊吉という叔父さんのことをおとっさんから聞いたことがあろう。』 少年はびっくりして立ちあがった。『お前の名は?』『源造。』『源造、おれはお前の叔父さんだ、豊吉だ。』 少年は顔色を変えて竿を投げ捨てた。そして何も言わ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・「しかし叔父さんにも叔母さんにも内証ですよ」と言って、徳二郎は歌いながら裏山に登ってしまった。 ころは夏の最中、月影さやかなる夜であった。僕は徳二郎のあとについて田んぼにいで、稲の香高きあぜ道を走って川の堤に出た。堤は一段高く、ここ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 今井の叔父さんがみんなの中でも一番声が大きい、一番元気がある、一番おもしろそうである、一番肥っている、一番年を取っている、僕に一番気に入っていた。 同勢十一人、夜の十時ごろ町を出発た。町から小一里も行くとかの字港に出る、そこから船・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・切られたかと思ったほど痛かったが、それでも夢中になって逃げ出すとネ、ちょうど叔父さんが帰って来たので、それで済んでしまったよ。そうすると後で叔父さんに対って、源三はほんとに可愛い児ですよ、わたしが血の道で口が不味くってお飯が食べられないって・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・膝ッ節も肘もムキ出しになっている絆纏みたようなものを着て、極小さな笠を冠って、やや仰いでいる様子は何ともいえない無邪気なもので、寒山か拾得の叔父さんにでも当る者に無学文盲のこの男があったのではあるまいかと思われた。オーイッと呼わって船頭さん・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・「叔父さん、ごめんなさいよ。」 と言って、姪は幾人もの子供を生んだことのある乳房を小さなものにふくませながら話した。そんなにこの人は気の置けない道づれだ。「そう言えば、太郎さんの家でも、屋号をつけたよ。」と、私は姪に言ってみせた・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・東京の叔父さん達とも相談した上で、お前を呼び寄せるで。よしか。お母さんの側が一番よからず」 とおげんが言ったが、娘の方では答えなかった。お新の心は母親の言うことよりも、煙草の方にあるらしかった。 お新は母親のためにも煙草を吸いつけて・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・七歳になる可愛らしい女の児を始め、四人の子供はめずらしそうに、この髭の叔父さんを囲繞いた。御届私儀、病気につき、今日欠勤仕り度、此段御届に及び候也。 こう相川は書いて、それを車夫に持たせて会社へ届けることにした。・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・長兄は、もう結婚していて、当時、小さい女の子がひとり生れていましたが、夏休みになると、東京から、A市から、H市から、ほうぼうの学校から、若い叔父や叔母が家へ帰って来て、それが皆一室に集り、おいで東京の叔父さんのとこへ、おいでA叔母さんのとこ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・お母さんにわるいことなんか、ちっとも書かれてないんだし、それに、叔父さんだって、いつもお母さんを尊敬していらっしゃるのだから、大丈夫よ。お母さん、叔父さんをお叱りになること無いと思うわ。ただ、あたしが少し恥ずかしいの。どうしてだか、自分でも・・・ 太宰治 「俗天使」
出典:青空文庫