・・・女房は驚きてソッとそのまま立離れながら、「オヤおっかない狂人だ。と別に腹も立てず、少し物を考う。「あたりめえよ、狂人にでもならなくって詰るもんか。アハハハハ、銭が無い時あ狂人が洒落てらあナ。「お銭が有ったらエ。「フン、有・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・その労働者たちを追い抜いて、どんどんさきに行ってしまいたいのだが、そうするには、労働者たちの間を縫ってくぐり抜け、すり抜けしなければならない。おっかない。それと言って、黙って立ちんぼして、労働者たちをさきに行かせて、うんと距離のできるまで待・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・かえって来て、釜、庖丁の類を私の前に並べ「マア、おっかないみたいなもんですよ。このお釜は、きのうの相場なんですって」といった。鉄類は一日一日、朝と夜とで相場が高くなって来ている。特別勉強してこの釜だけはきのうの相場で売って上げるというわけな・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・そこにもう二十人近い男女のひとが来ていましたが、初めてこういうところへ来て私が珍しく感じたことは、来ている人の多くが元気な眼つきをして互に挨拶したり話しをしたりして、ちっとも普通に裁判所と云うおっかないところに来ているようでもなくのびのびし・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・「だってェ……あんた、さっきからおっかない眼つきして、私の顔ばっかり見つめてるんだもの……」「そうだった?」 思わず腹から笑い出した。自分は、ただいつの間にか一ところを見つめていたばかりで、それが誰かの顔だか壁だか、見ているので・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・父さんの声に深い感動がこもっていて、ミーチャは重い掌の下で嬉しいような、おっかないような気になった。 ――さ、いいから、おあがり。 母さんは、しずかな声でミーチャにそう云った。そして、 ――でも、それはむずかしいことさ、なかなか・・・ 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
・・・病気で半年休んでもおっかないことはない。クビにするならしろ、笑顔でクビにされてやるというブルジョアなら話は別ですが、あなたのお手紙が、ありふれたノートの紙をひきちぎった上に書かれているところを見れば、そういう方の妻とも思えません。 良人・・・ 宮本百合子 「「我らの誌上相談」」
出典:青空文庫